SPECIAL TALK Vol.70

~「地元産にこだわるから個性が出る」世界中で学んだ技術で日本ワインを進化させたい~

三澤:先生からは1年間で必要単位を揃えた外国人はいない、と言われました。でもクラスメートに助けてもらい、なんとか実現できました。

金丸:長く続いている実家のワイナリーを継ぐためとはいえ、言葉が通じない状態で海外に飛び出すというのは、なかなかできることではありません。絶対に素晴らしいワインを造ってやるという強い意志を感じます。

三澤:でも、醸造家を辞めたいと思ったこともあります。

金丸:それはどんなときに?

三澤:自分に向いていないと感じたときです。ワイン造りはやはりひとりではできないので。

金丸:特に職人の世界では自分が動くのと、人を動かすのでは、全然違う難しさがあるでしょうね。

三澤:『おかえり、ブルゴーニュへ』というフランス映画がありまして。ワイナリーに生まれた3きょうだい(兄・妹・弟)が、亡き父の跡を継いでワインを造るのですが、現場の責任者となる妹は、ワイン造りの才能はあるものの、収獲チームを動かしたり、ワイン造りの指示を出したりすることが苦手で。「私、向いていない」とぶどう畑の片隅で呟くシーンがあるんです。それが思わず自分の姿と重なりました。

金丸:なるほど。そんな思いもされてきたのですね。でもくじけない人なんて、世の中にいませんよ。挫折しても、なんとか乗り越えようとする意思が、より良いものやサービスを生みだすのだと思います。

伝統と革新の両方を学び、ついに世界的な栄誉を獲得

三澤:ブルゴーニュから帰国したあと、短期間ですが、南アフリカ共和国のステレンボッシュ大学の大学院にも行きました。

金丸:それは何がきっかけで?

三澤:ステレンボッシュ大学のコブス・ハンター教授に、たまたまお会いしたのがきっかけです。ハンター教授はぶどう生理学の第一人者で、ボルドーでも栽培の講義で南アフリカの資料を使うことがあり、興味を持っていたんです。

金丸:フランスのような伝統国でも、南アフリカが取り上げられる機会があるんですね。

三澤:ワインの産地はフランスやイタリアなどの「旧世界」と、アメリカや南アフリカなどの「新世界」に分けられます。「新世界」は「旧世界」に比べて歴史は浅いですが、その分、伝統にとらわれていません。

金丸:たしか、フランスではワインの製法にも法律がありましたよね。

三澤:剪定方法や収量についても規定があります。一方、南アフリカは法律の縛りは少なく、一本一本のぶどうの樹と向き合い、最良の方法で良いものを造りだそうとします。非常に勉強になりました。南アフリカ以外もオーストラリアやニュージーランド、チリ、アルゼンチンなど「新世界」とよばれる地域を訪ね、現地の醸造家の方たちから多くのことを学びました。

金丸:お話を聞いていると、出会いに恵まれているだけでなく、それをちゃんと生かす行動力に驚かされます。日本はワイン造りの歴史が長いわけじゃないから、いろいろな手法を取り込む余地がある。だからこそ、三澤さんのように積極的に学ぶ姿勢がなおさら生きるんでしょうね。

三澤:いつも挑戦を続けてきたようには思います。「甲州」の栽培方法は、たくさんの実をつける「棚栽培」が一般的ですが、私たちのワイナリーでは、私が留学した2005年から、ぶどうの樹になる房の数を抑える「垣根栽培」に取り組んできました。

金丸:ぶどうの実の一つひとつに、味が凝縮されていそうです。

三澤:それに高品質のワインを生み出すには、ぶどうの糖度が20度以上ないといけません。私たちが使用する「甲州」は、糖度が16〜18度あればいいほうとされるため、醸造技術だけでなく栽培手法を工夫する必要がありました。

金丸:しかし、植物が相手だと、成果が出るまでに時間がかかりますよね。

三澤:かかりました。ぶどうは植えてから収穫までに3年かかります。垣根栽培したぶどうを最初に収穫できたのが、2007年。糖度が20度を超えたのは、2012年です。

金丸:より良いワインを造るために、さまざまな苦労を積み重ねてこられた。その甲斐あって、中央葡萄酒のワインは海外でも評価が高い。

三澤:私は「甲州」という品種には、まだまだ伸びしろを感じています。実際、優良な系統を選別していくなかで、2013年には糖度25度の房や通常よりもずっと小さな房がつきはじめました。

金丸:それはまたどうして?

三澤:おそらく自然変異をしたのではないかと思います。そのときのぶどうを使って醸造した「キュヴェ三澤 明野甲州2013」が、「デキャンタ・ワールド・ワイン・アワード」で金賞を受賞したワインなんです。

金丸:そんなストーリーがあったんですね。世界的な権威のある賞ですから、反響も大きかったのでは?

三澤:国内だけではなく、海外でも驚きと感動を持って受け止められまして。世界中のワイン専門家、愛好家の皆様に「甲州」という品種を知っていただくきっかけになり、輸出も受賞以前の5か国から18か国に増えました。

金丸:同じ山梨のワイナリーも、「やればできるんだ」と勇気づけられたのではないでしょうか。

三澤:実際に「甲州」の垣根栽培を始めたところもありますから、今後が楽しみです。

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