社会人デビュー Vol.1

社会人デビュー:「私って、田舎臭い…?」自分は可愛いと思っていた地方出身女が、東京で受けた衝撃

そして、4月1日を迎えた。

美咲は今日の入社式に備えて、東京には数日前に引っ越してきた。

新居の最寄駅は、奥沢。昨日までは母親もこっちに滞在してくれて、引っ越しや準備のあれこれを手伝ってくれた。

美咲は入社式の会場に向かいながら、母と一緒だった昨日までの数日間を思い返す。

上京した当日は、移動しただけなのに、正直疲労感でいっぱいだった。初日から、想像以上に人酔いしてしまったのだ。

―東京って、本当に人が多い…。でも慣れていくしかないわね…。

それからも片付けや様々な準備に追われ、あっというまに今日を迎えた。せっかく東京に来たというのに、おしゃれなカフェ巡りやショッピングなど、思い描いていたことが何も出来ていない。

だが、東京暮らしは始まったばかりなのだ。焦ることもないだろう。

数日間滞在して、生活の基盤を一通り整えてくれた母親は、北海道へと戻る際にこう言い残していった。

「これから嬉しいことばかりじゃなく泣きたくなるようなこともあると思うけれど、お父さんが言っていたようにいつでも頼ってちょうだいね。社会人おめでとう」

「お母さん、ありがとう。大丈夫だよ、きっと楽しんでみせるから!」

母とのやりとりを思い出しながら、美咲は会場に到着した。

就活時代からのスーツは野暮ったくて好きではないが、今日だけの辛抱だと自分に言い聞かせる。

会場には、既に大勢の新入社員が集まっていた。同期として一緒に働く仲間のはずだが、そのほとんどが美咲にとって初めましての顔だ。

それもそのはず、これまで内定式で1度集合したことがあるくらいで、それ以降は同期に会ったことがない。

同期だけでも150人を優に超えているため、誰が誰だか全く分からないのだ。しかし約半数が地方出身だと聞いている。そうであれば、美咲と同じような子も多いはずだ。

会場の巨大なスクリーンには、入社式および研修時のグループ分けと名前が記載されていた。

美咲は自分の名前が書かれたグループを探しだし、指定された席へと向かう。 ところが、同じグループの子に声を掛けて仲良くなろうと考えていたその時、甲高い声ではしゃぎ合う女子同士の姿が目に飛び込んできた。

「久しぶりー!元気だった?今日の夜、入社のお祝いで『アシエンダ デル シエロ』行かない?」

「アシエンダ、いいねー!ルーフトップで飲みたい気分〜」

そのような会話が飛び交い、すでに顔見知り同士が集まっているようだ。


人事側から指定されたグループとはおそらく違う、もともと既に友達あるいは顔見知りであったであろう者同士が、キャッキャと盛り上がっていた。

それも1つではなく、いくつかのグループが既に出来上がっているのだ。美咲は少しだけ疎外感を感じ、妙に焦ってしまう。

おそらく、同じ大学から複数名内定しているような子達なのだろう。楽しそうにおしゃべりに興じている。

逆に言えば、美咲のように1人でいる子は、地方出身で誰も知り合いがいない状態なのかもしれない。

しばらく呆然とその様子を見ていたが、ふと美咲はあることに気が付いた。

―待って。なんか皆、すっごく可愛くない?なんであんなに髪の毛がウェットなのにおしゃれに見えるんだろう?あのリップ、どこの?

美咲は、同い年のはずなのに、自分と比べて100倍洗練されている女性陣に、衝撃を受けてしまった。

何より、彼女たちはまとっている空気感が違うのだ。

それは、自分と彼女たち…いや、自分のように地方から上京してきたばかりの女と、そうではない女性陣との決定的な違いのように感じられる。

そのうちに、定刻になったのか人事担当者たちが入ってきて、提出書類を回収し始めた。

美咲もあわててバッグから書類を取り出して、机の上に揃えて置いた。回収の順番が来るのを待つ間、恐る恐る周りを見回してみる。

そしてハッとした。

―あれ?私、なんだか、田舎っぽい?

グループでつるんで、おしゃべりに興じている女の子たちが持つ雰囲気は、単純に顔がかわいいとか、そういうものではないように思えた。

朗らかに笑い合う彼女たちの、垢抜けたオーラ。それに、入社式のためのスーツも、持っているバッグも、メイクやヘアスタイルも自分とは全然違う。もっと言えば、会話の内容すらついていけない気がした。そのオーラに圧倒されて、尻込みしそうになる。

そしていよいよ、入社式が始まった。華やかなライトアップとともに、巨大スクリーンのオープニングムービーが流れる。

開会の辞の後には、ド派手な会社紹介ムービーや辞令交付。進行していくにつれて、ついに社会人デビューを果たしたのだという実感が次第に湧いてきた。

続いては、社長による祝辞だ。さっきは自分だけが浮いているような気がして怯んでしまったが、社長の超熱血スピーチを聞きながら、美咲は、ぎゅっと拳に力を込めて決意した。

―私の東京デビューはこれからだもん…。内面も外見も、絶対に「東京」に見合うような女になってやる。

こうして、彼女の東京生活が、幕を開けたのだ。


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※本記事に掲載されている価格は、原則として消費税抜きの表示であり、記事配信時点でのものです。

この記事へのコメント

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No Name
最初は他の人の事は知らないから同じ大学の子と連むけど、他の同期や同僚と仲良くなったらそっちと連む様になるから、疎外感を感じるのも今だけだと思う。
2020/06/30 05:5879
No Name
変にファッションとかに引きずられないといいね、何より仕事だって事を忘れないで欲しい。仕事さえ自信がつけばファッションとかななんていくらでも巻き返せるもんだし!そっちに引きずられ過ぎて同期が犯罪者になったの思い出しました。
2020/06/30 06:2351返信3件
No Name
上京した頃がなつかしい〜。大学で上京したので、社会人デビューとはまた違うかもしれないけど、華やかな大学に入ってしまったので田舎モノは色々と衝撃を受けた。必死で方言直そうとしたりしてた。笑
2020/06/30 05:0734返信5件
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