2020.02.01
妻のベール Vol.2妻が変わった
「ねえ、久しぶりにデートがしたいの」
帰宅した貴也にむかって、美香は「おかえり」と言った後、間髪を入れずにそう続けた。
「随分突然だな。どうしたんだ」
コートを脱ぎながら妻の方へ目をやると、彼女はちょうど夕食の片付けをしているところであった。
「最近、カップルらしいこと、何もしていないじゃない。突然でもなんでもないと思うんだけど」
美香はテーブルを拭く手を止め、口をとがらせている。
確かにこの半年ほど、美香とデートらしいデートをした記憶はないし、外で食事をしたのも数えるほど。思い返してみると、彼女を同伴した食事会がいくつかあったが、それ以外は二人の行きつけの店で何度か軽く外食をした程度だ。
美香は昔から「家で食事した方が気楽なの」と言って、記念日などの特別な日以外は、外食をあまり好まなかった。
貴也自身も仕事に追われていたこともあったが、妻の言葉を真に受けて、ろくにデートにも連れ出してやらなかったことを急に申し訳なく感じた。
「言われてみれば、2人で出かけることは少なかったな」
ぼそっとそう言うと、美香の顔がパッと輝いた。
「ね、そうでしょ。久しぶりに行きたいの」
貴也はすぐさま、iPhoneのスケジュール表で予定を確認する。
幸い、明日の夜は予定がない。溜まっている承認作業や雑務を済ませようと思っていたが、翌日でもどうにかなるだろう。
「明日の夜なら大丈夫だよ」
すると美香は「やったー!」と嬉しそうにはしゃいで、「久しぶりのデート、何を着て行こうかなあ」と、上機嫌でキッチンへ戻っていく。
そんな妻の姿を、貴也は愛おしく見つめるのだった。
翌日。
2人は、今夜ディナーの予約をしている『ブノワ』の前で落ち合うことになっていた。
「そろそろ着くよ」「私も」
そんなやり取りをしながら待ち合わせをしていた恋人の時のように。
店に向かう途中、貴也は学生時代のことを思い出していた。あの頃は、自分が綿密に計画を練ってデートプランを作っていたのだ。
ただ、それは純粋に美香のことを思ってと言うよりは、どちらかと言うと貧乏で金が無かったから、足りなくなるようなことがないように事前にきちんと段取りを決めておく必要があったためだ。
今はそんなことを気にする必要はない。財布の中のカードで、大概の買い物を済ますことができる。
−さて、店は確かこの辺りだっけな…?
Googleマップをスマホで見ながら、レストランの入るビルにまもなく到着しようとしたその時、貴也の目の前にタクシーが止まった。
−あれ…?
驚くべきことに、中から颯爽と降りてきたのは、美香だった。
節約家の美香のこと。貴也はてっきり、自分と同じように妻も電車と徒歩で来るものだと思っていたのだ。意外な光景に、頭が少し混乱した。
「あ…」
美香は、夫がぽかんと口を開けて自分を見ているのに気がついて、一瞬バツが悪そうな顔をする。だがすぐに「前の用事が押しちゃってね、急いで来たの」と笑顔で答えた。
この記事で紹介したお店
ビストロ ブノワ
配偶者のこと、付き合いが長いから、今までずっとこうだったから、こうなはず、って決めつけるのは危険な気がする。
私も妻の下着ブランドは知らない笑
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