2020.01.25
妻のベール Vol.1波乱の幕開け
“会食がキャンセルになったから早めに帰る”
19時頃、貴也は妻・美香にLINEで連絡を入れた。急に予定が変更になったので、先ほど携帯に電話したのだが、留守電になっていたからだ。
−おかしいな。
30分が経過してもなお、折り返しの連絡はない。美香は普段、滅多に夜外出しないはずなのに。
−お風呂にでも入っているのかな…?
結局、美香からは返信がないまま、貴也は帰宅した。
「ただいま。あれ…?」
玄関のライトは自動で点いたものの、リビングに続く廊下にも明かりはついていない。
少々の不安に駆られながら家の中を探すが、美香は見つからなかった。
こんなことを他人に言うと、自分がそう命じていると思われそうで口にしたことがないが、美香が自分の帰宅時に家を空けていることはほとんどない。
とはいえ美香だって、学生時代の友人と食事に出かけたりすることもあるだろう。
冷蔵庫を開けると、惣菜が入っていたので温めて食べることにした。そのついでに、『銀座千疋屋 銀座本店 フルーツパーラー』のケーキを冷蔵庫に忍ばせる。
美香の大好物を、せっかく早く帰宅するのだからと買ってきたのだ。
−久しぶりに、走ってくるか。
食事を終え、マンションのジムに出かけることにした。1時間ほど走って部屋に戻り、風呂から出たときには21時を回っていた。
しかし、美香の姿はまだなかった。LINEも未読のままだし、電話もない。
−何をしているんだ…?
最初こそ不安と心配で心を支配されていたが、その感情はだんだんと苛立ちに塗り替えられようとしていた。
と、その時であった。
がちゃり、と鍵の開く音が聞こえた。貴也は急いで廊下に出て、玄関に向かう。
やはりどこかに出かけていたらしい美香が、帰宅したところだった。
「おかえり。遅かったじゃ…」
そこまで言いかけて、貴也は言葉を失った。
−なんだ、このド派手な格好は。
背中が大きく開いたドレスに、足元はピンヒール。髪も綺麗にまとめられており、大ぶりのイヤリングを耳につけ、化粧も舞台メイクかと思うほど濃い。香水もやたらとキツかった。
「あれっ…。なんで貴也がもう帰ってるの…?」
彼女は一瞬慌てたような様子でそう言ったが、酔っているのだろうか。足元もフラフラとしていておぼつかない。
貴也が驚いていると、美香が近づいてきて上目遣いで告げた。
「貴也、早かったのね。えっとね、高校時代の友達と女子会だったんだけど、盛り上がっちゃったの」
「美香。何度も連絡したんだけど…」
普段あまり酒を飲まないはずの彼女からは、アルコールの匂いが漂っている。
「そうだったの?あ…。スマホの充電、切れてたみたい。ごめんね、遅くなっちゃって」
「そっか…」
しおらしく謝られると、それ以上強く言うこともできない。
「私、ちょっとシャワー浴びてくるね」
そう言って、どこか気まずそうに急いでバスルームに直行する美香の後ろ姿を見つめながら、貴也は呆然と立ち尽くしていた。
たった今見た妻の姿は、自分の知っている彼女とはまるで別人だった。
大体、あんな派手なドレスをいつの間に持っていたのだろうか。
たまに一緒に買い物に出かけて、服を買ってあげると何度言っても、美香はいつだって「こんなに高いもの、要らない。着る機会もないもの」と謙虚に首を横に振るだけだったのに。
素肌が美しい美香は、普段は化粧も薄く、ナチュラルなスタイルを貫いていたはずだ。
−こういうこともあるよな…。
高校時代の友人と会っていたと言っていたから、同窓会のようなものだったのかもしれない。そうであれば、気合を入れてお洒落をするのも自然なことだ。
−きっと今日だけ、たまたまだよな…?
そう必死で自分に言い聞かせるが、頭が混乱する。
この時、貴也はまだ気づいていなかった。この日を境に、妻の本当の姿が暴かれ始めることを。
▶︎Next:2月1日 土曜更新予定
妻のことを疑う貴也は、クローゼットである物を発見してしまう。妻は、クロなのか…?
※本記事に掲載されている価格は、原則として消費税抜きの表示であり、記事配信時点でのものです。
この記事で紹介したお店
銀座千疋屋 銀座本店 フルーツパーラー
夫の会社が不安定なときから生活を支えるためにこっそり夜系のバイトをしてて、今は好調とはいえどうなるか分からないから稼げるうちにと続けてるとか、そんなんじゃない?
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