2019.11.27
「Facebookの基本情報」を更新して欲しいと言われる
大学卒業後、大手電機メーカーに就職が決まった直哉は、意気揚々と入社の日を迎えた。今まで勉強してきたことが、やっと形になるかもしれないと心底ワクワクしたという。
しかし直哉は、想定外の局面にぶち当たった。
「大手企業となると、自分が関われる部分って、本当にごくごく一部なんですよね。 “こういうものが欲しい!”って思っても、それを自分で製品化して売り出すなんて、ほぼ不可能だと知りました」
そして、2年足らずで退職。IoTの技術を取り入れたスマート家電を作りたいと一念発起し、なんとか資金調達に成功し独立した。
「最初は、かなりの苦労がありました。今は1人で会社をやっていますが、前は仲間が3人いたんです。学生時代からの友人で大学院に進学したやつらです。僕の思いに共感してくれた3人が手弁当で手伝ってくれていたんです。でも、僕の“こういうモノをつくって世に出したい”っていう思いが強すぎたせいか、気づいたらかなりの激務を押し付けてしまっていたみたいで…」
そんな直哉についていけず、1人、また1人と辞めていったそう。最後まで踏ん張って残ってくれた彼にも、“これ以上はついていけない”って言われた時はさすがにちょっとへこんだとのこと。
「社員が減るごとに、僕の仕事量は増え、パフォーマンスは落ちる。その状況にどんどんイライラしてきちゃって。あの時は完全に負のスパイラルに陥ってしまい、どん詰まり状況でしたね」
自分の目標や製品への思い入れが強すぎて、会社を軌道に乗せること以外へは全く気を配れなかったようだ。
しかし、どうにかこうにか自分が欲しいと思う製品を企画設計し、プロトタイプを製造、何とかクラウドファンディングに出すに至った。すると、わずか数日で目標金額を達成し、たちまち製品化にこぎつけることに成功したのだった。
そして、取り扱いたいという販路やメディアからの問い合わせも殺到し、テレビ取材で何度か有名人との対談も組まれ、一躍時の人となったのだった。
「自分が欲しいと思ったものをみんなも欲しいと思ってくれて、何か長年の夢が叶った気分で本当に嬉しかったんです!!」
小さない子供のように無邪気に語る直哉は、心底嬉しそうな表情をしていた。
その後も次々と商談がまとまり、会社を軌道に乗せることに成功したのだった。社長として、自分の名前を売り出すことだけでなく、金銭的にも着実に潤っていった。
そしてある時、とあるメディアの取材を受けた時のこと、直哉は二度も玉砕した元準ミスの彼女と再会を果たす。
「彼女、出版社で働いていて、偶然にも僕のインタビュー記事の担当だったんです。それで彼女の方から“すごい活躍ぶりだね!よかったら今度ご飯でもどう?”って声かけてくれたんです!!
かなり不意打ちな出来事でしたけど、飛びあがって喜びましたね。(笑)すぐにご飯に行って、その日のうちに付き合い初めて、数か月後には彼女に押し切られる形で婚約しました。あぁ、彼女もやっと僕の魅力に気づいたか、と嬉しかったですね」
時代の寵児ともてはやされ、憧れの女性まで射止めた直哉。側から見たら、かなり順風満帆な人生を満喫しているように見える。そこで、悩みはないのかと聞いてみると、意外にもとめどなくしゃべり始めた。
「この前ね、昔手伝ってくれてた3人がこぞって金を要求してきたんですよ。確かに、この製品を発売するにあたっての彼らの貢献は少なくない。でも、最後は僕一人がやりきったことだし、何の契約もしていない彼らに金を支払う義務はないから断りましたけどね。
そしたら、僕やこの製品について、あることないこと色んなとこで吹聴しはじめて。なんか嫌になっちゃいましたね…。
あと、彼女が最近僕にFacebookの基本情報を更新して欲しいって言ってきたんです。なんで?って聞いてもはぐらかされちゃって。断る理由もないから、プロフィールとか色々更新したら、彼女がすぐに僕を婚約者として、タグ付けしてきたんです。なんかその時、色々察してしまった気がしました…」
思い返せば、彼女が直哉を友人に紹介する際は必ず、“今話題の有名ベンチャー企業の社長”という肩書を先に言っていたそうだ。側から聞いていれば、もう少し前から気がつくポイントはあったように思うが、直哉はこの時はじめて、彼女が肩書やお金に魅力を感じて近づいてきたと悟ったそう。
しかも、彼女はいつの間にか会社を辞め、専業主婦になって直哉を支えると言い始めたそう。本当は自分の給料を抑え、会社を大きくするために資金を使いたかったという直哉だが、そうもしていられなさそうだ。
「さすがにちょっと落ち込みましたよね。そういえば、付き合いのない親戚がかなりしつこく金をたかってきたこともありましたし。結局、世の中金かよ、ってね」
そして、直哉はどこか達観したような含みを持たせながら、最後にこう締めくくった。
「まあそういうのも、成功の証なのかもしれませんけどね(笑)」
「自分が作った製品を世に出したい」そんな自分の夢に向かってひたむきに努力し、成功を手にしたはずの直哉。しかしその成功によって、手に入った金と地位は、直哉に思わぬ憂鬱を招いてしまったようだ。
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