病める時も、ふくよかなる時も Vol.5

「今更奥さんとなんて、勘弁してよ」暴言に傷つく人妻を救った、若い男の行動とは

ただでさえ上気していた美月の顔が、さらに赤くなる。

「ご…ごめんなさい…。多分、お腹が空いてるだけです…」

消え入りそうな声でそう弁明するものの、恥ずかしさのあまり甲斐の顔を直視することができない。

だが、うつむきながらもチラッと甲斐の顔をうかがうと、さっきまで心配そうに美月を見つめていた甲斐も同じように下を向いているのだった。

細かく小刻みに震える肩。よく見てみると甲斐は、口元に手を当てて必死に笑いをこらえている。

「すいません、帰ります!」

いてもたってもいられずにその場から逃げ出そうとした美月だったが、そんな美月の腕を次の瞬間、再び甲斐の腕が捕まえた。

甲斐は、笑いを噛み殺しながら美月に囁く。

「ちょ…ちょっと待って…。いいものあるから、良かったらバックヤードまで来てくださいよ」


「えーっと、栗山…美月さんだっけ。コレ、一箱あげます」

カーテンで仕切られた四畳半ほどのバックヤードで甲斐が取り出したのは、『銀座 鳥繁』のお土産の焼き鳥だった。

「えっ!ここ、テイクアウトできるんですか?『鳥繁』、すっごく美味しいですよね!」

そう目を輝かせて驚く美月に、甲斐はニヤリと笑って頷く。

「できないのもありますけどね。つくねとか手羽先とかは予約すれば持ち帰れるんですよ。夜食用にと思って買ってきたんだけど、ちょっと張り切って買いすぎちゃったから。一緒に食べましょう」

渡された箱からは、ふわっと鼻腔をくすぐる香ばしいタレの香りが漂ってくる。

突然与えられた大好物にためらう美月だったが、すでにかしわ焼きにかじり付き始めている甲斐に箱を突き返すことは、かえって不躾なことのように思えた。

「じゃ、じゃあ…。お言葉に甘えて…」

ゴクリ、と喉がなる。

誠司との夕食では高カロリーなメインをごく少量にして、サラダや煮物などの野菜ばかり。1人の時は酵素ドリンクばかりだった美月にとって、目の前の肉肉しい焼き鳥はあまりにも魅力的すぎた。

小さな声で「いただきます」と言いながら、おそるおそるつくねを一つ頬張る。

濃厚な鶏肉のうまみ。
甘く深いタレの風味。
弾力と柔らかさが同居する食感…。

口の中に広がる郷愁的ともいえる幸福に、美月は思わずしみじみと唸らざるを得なかった。

「んんん〜、おいしい…!」

美味の快楽にどっぷりと浸る美月を見て、甲斐は嬉しそうにうなずく。

「焼きたても最高に美味いけど、冷めてるのもこれはこれで美味いすよね。ほら、もっと食べて食べて」

「はい!」

一度火がついてしまった食欲は止められそうにない。ましてや、ずっと我慢していたお肉となればなおさらだ。

美月はいつのまにか目の前に初対面の男性がいることなどすっかり忘れて、ただひたすらに焼き鳥の美味しさを噛みしめていた。

だが、5本入りのお土産を全て食べ終わろうとしたその時。

ふと、考え込むような顔をした甲斐がこちらをじっと見つめていることに気がついたのだ。

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