僕のカルマ Vol.1

僕のカルマ:自分は勝ち組だと思い上がっていた、年収2,000万超えの男。彼の人生が狂い始めた日

目の前に現れた、かつての同級生


やはり運は俺に向いている。氷室は、改めてそう思った。

本日の会食の相手、神原会長とたまたま地元が同じだっただけでもラッキーなのに、同じ高校の出身でもあることがわかったのだ。

神原会長と氷室が通っていた高校では、文化祭や体育祭が学生主体で行われていたが、それらは他校とは比べ物にならないほどの本気度だった。生徒がゼロから作り上げるという学校の方針のもと、勉強そっちのけで準備するのだ。

だから、たとえ同じ期間に学校に通っていなかったとしても、「体育祭」というワードだけですぐに盛り上がり、「面倒だった」「仲間割れした」など、感情を共有することが出来る。

共通項の探り合いなどなく、人間関係の構築の第一歩が進められる。商談の際にはそれだけでもかなりメリットが大きい。

「そうかぁ。もう記憶もおぼろげだけれど、その頃から運動会の色分けはその4色だった気がするなあ」

「へえ! そうなんですか。では応援団伝統の応援歌などは…」

「そういえば、副社長も同じ高校出身なんだよ。今度は彼も呼ぼうか」

「ぜひお願いします」

テーブルに額をつける勢いで頭を下げながら、氷室の口角は自然と緩んでいた。

−パートナーもほぼ確実、お偉いさんとのコネクションも上々。あとは大型案件の一つでも。

その時である。

「おや、あそこにいるのは堀越くんかな」

神原会長はレストランの入り口に視線を向けた…と同時に、あっ、と声を上げる。

「そういえば彼、上場準備のために弁護士を探しているって言ってたな。氷室くん、話だけでも聞いてやってくれないか」

−上場準備か…、悪くない。

「おうい、堀越くん」

男を呼び寄せた神原会長は、氷室に彼を紹介してくれた。

「こちら、堀越裕一くん。ベンチャー企業をやっていてね、僕は彼のお父さんと知り合いなんだ。堀越君、こちらは氷室徹くん。うちの会社を手伝ってもらっている弁護士だ。

少し話してみたらいい。私はちょっとお手洗いに…」

目の前に現れた男を見るなり、氷室は固まった。

−ほ、堀越裕一って。あの…!?

切れ長の目、特徴的な丸い鼻、そして意志の強そうな太い眉。少し猫背気味の姿勢。

中学時代。ひむろ、ほりこしの並びで、五十音順の座席でいつも自分の後ろの席にいた、あいつだ。

「堀越、だよな…?なんていう偶然なんだ。いやあ、久しぶりだなあ!」

氷室が驚いた顔で聞くと、堀越は無言で頭を下げた。

「元気してたか?よく一緒に遊ん…」

そこまで言いかけて、氷室は固まってしまった。

頭を上げた堀越の顔を見ると、目は真っ赤に充血し、今にも溢れ出しそうなほど涙が溜まっているではないか。

涙をこらえているのか、視線を天井にやったり、目をぎゅっとつぶったりしている。

大人の男が泣いている姿を見るなんていつ以来だろう。突然の出来事に理解が追いつかない。

「おい、大丈夫か?」

動揺した氷室がハンカチを差し出すと、堀越はハンカチを受け取ることもなく、目を逸らしたままこう答えた。

「過去のこと、色々思い出しちゃってさ。…氷室君は覚えてないだろうけどね」

−過去のこと…?俺は覚えていない…?何のことだ?

堀越との思い出は、他の同級生と同じく、平穏でありふれたものと記憶していたため、頭が混乱する。

それもそのはず。

なぜなら、この時氷室は、堀越の涙の意味を知る由もなかったのだから。そして、これから自分の人生が狂っていくということも。


▶︎Next:10月30日 水曜更新予定
氷室の前に現れた、かつての同級生・堀越。彼は何かを企んでいる…?

※本記事に掲載されている価格は、原則として消費税抜きの表示であり、記事配信時点でのものです。

この記事へのコメント

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No Name
いじめた方は忘れても、いじめられた方の傷はいつまでも癒えない、のお話になるのかな。
2019/10/23 05:5399+返信3件
No Name
美人局や偽ヘッドハンティング…すごい世界ですね。
2019/10/23 05:1891返信5件
No Name
かつての初恋の人との出会いに思わず涙してしまった純真ゲイ堀越くんとノンケ主人公の美しくも切ない恋の物語
2019/10/23 07:2357返信2件
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