僕のカルマ Vol.1

僕のカルマ:自分は勝ち組だと思い上がっていた、年収2,000万超えの男。彼の人生が狂い始めた日

追い風がきている


ここにきて、運が向き始めている。

会食の店へ向かうタクシーの中で、氷室は自分を後押しする追い風を確かに感じていた。

彼が勤務する法律事務所は、最大手のファームには到底及ばない規模だが、ロンドンやパリ、ベルリン、ボストンといった世界の要所とのネットワークを持っており、海外案件に強いと言われている。

最近も、クロスボーダーの超大型M&Aを手がけたことで注目された。

今となっては、自分はこの法律事務所に入るべくして入った、と強く思う。

司法試験で、あの一文の解釈さえ間違っていなければ、四大法律事務所のどこかには入れただろう。だが、その四大事務所で、この歳でパートナー候補にまでなれたかと言われれば、その自信はない。

鶏口となるも牛後となるなかれ。

そんな故事成語が思い出される。

−俺の選んだ道は正しかった。

氷室は、自分を褒め称えるように呟いた。



法曹界は、外資系金融やコンサルティングファームと同じくらい厳しい世界だ。成果が出せなければ、新卒であろうと肩たたきの対象になる。

また、2、3年目になっても往生際悪くしがみつこうとする連中には、美人局によるハニートラップや偽エージェントによるヘッドハンティングなど、強烈な対処法もあると聞く。

そんなバカなこと…と思っていたが、どうやら事実のようだった。

それを思い知ったのは、司法修習の同期・藤田の件。彼は真面目ではあったものの、真面目がすぎて堅物ともいうべきその人柄は、良い意味でも悪い意味でも有名だった。

そんな彼が、久しぶりに同期で飲んでいたところに、とんでもない美女を連れてきたことがあった。

藤田の恋人らしいその女は、白い肌にほんのりと赤い頰が色っぽく、その場にいた男の視線をかっさらった。皆に注目された彼女は、スポットライトを浴びた国民的女優のように光り輝いていた。


「結婚しようと思っている」

皆の前で高らかに宣言した彼は、愛おしそうに彼女の肩を抱いた。

−弁護士の肩書きって、すげえな。

あの地味な藤田があんな美女と付き合えたのは、弁護士の肩書きがあってこそだろう。弁護士連中は皆、「俺も頑張ろう」などと、密かに思ったものだ。

そんな藤田が行方をくらましたのは、それから半年後のこと。聞いたところによれば、あの美女に機密情報を漏らしてしまい、辞職に追い込まれたようだ。

最初は驚いたものだが、各方面からの情報を総合すると、どうも事実らしいということがわかってくる。そう。彼はハメられたのだ。

−そっちの方がコストかかりそうなもんだけどな。確実にクビにできるならそっちの方がいいのか…。俺も、パートナーになったらそういうことも考えていかなくちゃな。

そんな空想を楽しんでいるうちに、会場に到着したことを運転手が知らせる。

−このカードも新しくしないとな。

そろそろインビテーションがくるはずのブラックカードを想起しながら、氷室は白金色のカードを運転手に渡した。

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