「田舎暮らしなんて、考えたことがなかった」東京育ちのお嬢様が経験した、地方生活のリアルとは

「夏頃から気が付いていたんです、自転車やベビーカーに乗ってる人が少ないなって。それもそのはず、使えない期間が長すぎるのと、建物や目的地の距離が遠すぎる。」

北海道では、10月から5月のゴールデンウィークくらいまで雪が降ると言う。だから半年くらい、地面が常に凍結してツルツルだとか。

「私、免許がないんです。おかげで近所のイオンの買い出しに子供用のソリを引いていきました。町中スケートリンクみたなものなので、食材を抱えて歩くなんて無理なんです。

東京にいた頃はヒールの靴が大好きでたくさん持っているのですが、千歳市に来てからはほとんど履いていません。歩いてる人の足元を見ても、ソールの溝しかみてないかも。」

にっこり笑う彼女の笑顔には、北の大地で越冬した力強ささえ漂う。

何かと不便を感じて冬に免許を取りに行こうとしたが、見学に行くと敷地内コースさえ雪に埋もれて雪道講習さながらだったため、怖気ついて春を待ったという。

「札幌は例外中の例外として、北海道はまだまだ自然と人間が共存している感じ。市役所からヒグマ出没情報も配信されます。そんな中で移動手段は徒歩のみって、友達もできやしません。一人ぼっちで本当に辛かったですね。」


人間関係も、“東京流”に固執していては駄目だった


見るからに社交的で華やかな彼女だが、こちらに来てからずっと友人ができなかったというから驚いた。それほどまでに北海道が閉鎖的なのだろうか?あるいは彼女のふるまいに何か問題があったのだろうか。

「これまで人間関係で苦労したことがなかったので、そういう心配はしてなかったんですが、それは東京の限られた人たちの中の社交術だったことに気が付きました。」

そして彼女はこのままでは駄目だと気づき、行動に移す。

「子供もいないし、仕事もしてないし、まずはきっかけが必要だと思ってコミュニティセンターや町内の集まりに行ってみたんです。」

だがそこには、思わぬ落とし穴があった。

「ようやくできたお友達に呼ばれて行ってみるとネットワークビジネスの宣伝お料理会だったり、自宅エステの勧誘だったり。考えてみれば東京のように女性の仕事が多くないから、どうしてもそうなる。やっと友達ができたと思っていた私は傷つきました、なんだかカモにされてるみたいで。」

そこで仕事をしてみようとハローワークに行き、検索するとヒットしたのは工場の早朝作業と漁師。強がっていた心はぽっきり折れた。

「とにかく寒いし、寂しくて、引きこもりがちになって。夫以外の人と1週間もしゃべってなくて、もう駄目だ、東京に帰ろうと思ったある日、以前ネットワークビジネス攻撃を仕掛けてきた年上の友達が、心配して山菜やタケノコの下処理してたくさん持ってきてくれたんです」

30歳にして初めて故郷を離れて、どこか力んでいた彼女は、そこでふっと力が抜けた。

勧誘が嫌ならどんどん断ればいい。北海道の人は合理的でさっぱりしていると言われるが、とにかく東京流に固執しては前に進めない。

そしてようやく雪解け。免許と小さな車を手にした彼女の世界は一気に広がった。

「小樽、富良野、ニセコに十勝。週末ごとに夫を乗せて1泊2日でドライブに行きます。私が好きなところに行きたいので、運転も私。2、300キロくらいならちょっとそこまでっていう感じ。」

また、北海道ならではの“社交術”も身につけたと言う。

「平日も、スポーツセンターやパン屋さんのアルバイトで知り合った人にこちらからどんどん聞いちゃいます。〇〇に行きたいんだけど一緒にどう?って。みんな忙しいから断られることもあるけど、北海道の人っておおらかだから変に探り合うってこともなくて。

東京では、どこか『お誘いや予定が多い人気者の私』に満足してたようなとこ、あったんですけど。どう見られるかより、どうしたいかだなって。私、ようやく楽に息ができるようになりました。」

そこまで話すと、彼女はふわふわの名物パンケーキをほおばった。そして美味しそうな海鮮丼が並ぶインスタを開きながら、にっこり笑った。

「ところで苫小牧の漁港に漁師さん御用達の食堂があるらしいんですけど、良かったら明日の朝ご一緒しません?」

彼女の北海道ライフはこれからが本番なのかもしれない。


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