病める時も、ふくよかなる時も Vol.2

毎日カップ付きキャミとスニーカー。結婚後、女をサボっていた妻にくだされた天罰とは


“あの夜”の出来事


ー誠司さん。今夜、久しぶりにそっちの部屋で一緒に寝てもいい?ー

あの夜、深く考えずに言った言葉。

まさかこの一言が、幸福な結婚生活の景色をガラッと変えてしまうなんて…美月は想像もしていなかった。


「それ…冗談だよね?」

誠司の口から発せられた予想外の返答に、美月は思わず言葉を失った。

少し下がり気味の人の良さそうな眉。目尻に穏やかな皺を刻んだ優しい瞳。

美月のことを愛おしそうに見つめるその佇まいと、取りつく島もないそっけないセリフが、あまりにもミスマッチすぎたからだ。

「さて、ごちそうさま。お皿は僕が片付けるからね。みいちゃんはソファでゆっくり休んでて」

誠司は空になった食器に向かって手を合わせると、美月の反応など全く意に介さない様子で食卓を片付けていく。

「う…うん」

戸惑いから醒めない美月は、言われるままにソファに腰を下ろす。

だが先ほどの誠司からの言葉が、美月の誘いに突きつけられたまぎれもない「NO」だったことに理解が追いつくと、心の底から言いしれない恥ずかしさがこみ上げてくるのだった。

美月はソファの背もたれからキッチンに向かって振り向くと、屈辱に立ち向かうかのように大きな声で「誠司さん!」と名前を呼んだ。

「なに?みいちゃん」

Miele(ミーレ)の食洗機に食器をセットしおえた誠司が、手を拭きながら美月の元へとやって来る。

そして美月のすぐ隣に腰を下ろすと、小さな子供をからかうように美月の両ほほを両手で挟み込んだ。

「ねえ、さっきの話…。私、冗談言ってないよ?今日は久しぶりに誠司さんと一緒に寝たいよ」

「あはは。どうしたの、みいちゃん…」

なるべく深刻にならないよう、可愛く甘えてみたつもりだった。だが誠司は、下がり気味の眉をさらに八の字に下げて、ただ笑うだけ。

その笑顔に焦れた美月は、誠司の両手を頬から外すと自身の太ももの上へと押さえ込み、少しだけ声のトーンをシリアスにして誠司の目を見つめた。

「誠司さん。今日ね、小さな子供向けにレッスンしたの。子供、すっごく可愛かったよ。私たちも…そろそろ考えてもいいんじゃないかな?」

「そうだね。もうしばらくみいちゃんを独り占めしたら、その時に考えてみるね」

のれんに腕を押すような手応えのない態度に、言いようのない焦燥感が募る。

「しばらくっていつ?もう結婚してから5年も経つんだよ?」

「困ったな…。落ち着いてよ」

なおも穏やかな態度を貫こうとする誠司を前に、美月はあえて言葉を止めなかった。本音で話せない夫婦なんて寂しすぎる。常々そう考えているからだ。

「私、12月に35歳になっちゃうよ?子供を持つならそろそろ焦らないといけないと思うの。それに、それ以前に…。私たち、もう3年も一緒に寝てないの、気づいてた?こんなに仲がいいのに…。なんだかちょっと寂しいよ…」

美月の本音を受け止めた誠司は、困ったように美月を見つめている。

「誠司さん、何か思っていることがあるなら言って?誠司さんが何考えてるのか、本音を聞かせてほしいの!」


美月が最も懸念していたのは、誠司が実は子供嫌いであるという可能性についてだった。

―もしかしたら誠司さんは、子供が欲しくないのかも。そうだとしたら私、誠司さんのために受け入れてもいいよ。でも、子供を持たないライフプランについては、よく話し合わないと…。

だが…しばらく考え込んでいた誠司から聞かされたのは、さらなる衝撃の告白だったのだ。

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