女たちの選択~その後の人生~ Vol.9

「お金なら、私が稼ぐから…」低収入の男と結婚し、世帯主となった32歳女の後悔

「ジュンスケさんのアシスタントを辞める。そう言い出したんです、彼」

実のところ、入籍し、一緒に暮らすようになってから、龍太の口から仕事の愚痴を聞くことが増えていた。

例えば表からは決して見えないジュンスケの人使いの荒さであったり、拘束時間に比してまるで割に合わない給料であったり。

…甘ったれている。まだ自分で客を呼び、お金を生み出せる立場ではないのだから当たり前のことだ。

経営者である咲子は、彼に愚痴を聞かされるたびにそう思っていた。

とはいえ龍太は5歳年下。若さゆえだと言い聞かせ、なるべく優しい口調で諭していたのだ。しかしそんな咲子のフォローは、彼にとって何の意味もなしていなかったらしい。

「辞めるべきではないと思いましたが、無理強いしたところで意地になるだけ。言葉をぐっと飲み込んで、辞めてどうするの?とだけ尋ねました。何か次の当てがあるのであれば、まあ理解できなくもないから」

だが咲子の質問に、龍太はただ一言「決めてない」と言ったのだ。

−もしかして…甘えてる?

その瞬間、咲子の中で龍太に対する不信感が一気に膨れ上がった。

「…頼りにされるのが嫌というわけじゃないんです。先ほども話したように、お金なら私が稼げばいい。自分が世帯主になったって構わないと思ったから龍太と結婚したわけで、支えてあげることが嫌なわけじゃない。

ただ、甘えられるのは違う。支えてあげるのは、少しでも早く出世してほしいから。楽をさせてあげるためじゃありません」

…これがもし、男女逆であったなら。

妻が「仕事が辛い」と愚痴をこぼし、ハードワークに疲れたと言って家に入ることを希望した場合、家計に余裕さえあれば、優しく受け止める夫がきっとほとんどだろう。

しかし咲子がいくら稼いでいて、龍太の給料をアテにしていないとはいえ、無職の夫を許容するだけの懐の広さは、さすがに持ち合わせていなかった。

「…そのとき、ようやく気がついたんです。“金より愛”だなんて言ってはいても、私も結局、金を稼がない男を許すことはできない。向上心を無くした男を、愛することなどできないって」

咲子は「アシスタントを辞める」といって聞かない龍太を必死で説得したという。

しかしながら結局、彼はつい先日、ジュンスケと大げんかをした末に退職届けを出してしまったらしい。

「…正直、幻滅しました。でも彼がこうなった原因の一部は、私にあるのかもしれない。私が良かれと思ってしていたこと…例えば、安月給の彼からお金を徴収するのはかわいそうだと思い、家の家賃や光熱費は引き続き私がすべて負担していたことなどが、結果として彼のハングリー精神を奪ってしまったのかもしれません」

咲子は憂いを帯びた表情でそう言うと、再び遠くを見るように窓の外を眺めた。

…まだ龍太には伝えていないそうだが、咲子は近いうち、彼に家を出て行ってもらうつもりでいるという。


▶NEXT:10月4日 金曜日更新予定
「子どもは要らない」そう公言しているDINKS主婦の本音

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