婚約破棄 Vol.4

「昨夜、私の身に一体何が…?」酔って記憶を無くした女の部屋に残されていた、男の忘れ物

そのときだった。

いつの間にか電源が入っていたスマホが、着信を知らせる。慌てて表示を見ると、上司・笠井からだった。

まさか、昨夜は笠井が介抱してくれて、忘れていったのだろうか。麻友は血相を変えて電話に出た。

「もしもし」

「笠井さん、昨日は本当にすみませんでした!」

「え?ああ。大丈夫?ずいぶん酔ってたみたいだけど、俺、先に帰ったから、心配で電話したんだよ」

「え…そんな…。いえ、全然気にしないでください。むしろ、ありがとうございました」

―笠井さん、私より先に帰ったんだ。じゃあ、違うよね…。

動揺を悟られないように取り繕いながら、詫びと礼を何度も伝え、電話を切った。

―笠井さんじゃないなら、一体誰の?

皆酔っていたし、席は狭くごちゃごちゃもしていた。誰かの私物がバッグの中に入ってしまうということもありえるかも。酔っぱらっている麻友の荷物を、誰かが適当にまとめてその中に混ざってしまったのかもしれない。

気味悪さを感じつつも、麻友は二日酔いの体に鞭を打ってヨロヨロと立ち上がり、今日の予定を決行しようと身支度を始めた。

ついに、覚悟を決める。親に、この状況を告げるのだ。

娘の結婚を心待ちにしていた親に告げるのは、何よりも苦しいことだ。そのためなかなか言い出せずにいたが、だんだん親との会話も噛み合わなくなっている。

電話でもLINEでも、生返事しかしない麻友の様子を見て、母親は「マリッジブルーかしら」と心配した。

―そうだったら、どれだけよかったことか。

もう、ため息を吐いていても仕方がない。

今日は、父親の仕事の休みに合わせてアルバイトのシフトは入れなかった。事前に「もしかしたら、そっちに荷物を取りに行くかも」とだけ連絡していた。

おそらく母親は泣くだろう。ショックで数日間寝込むはずだ。父親は怒り狂って、良輔を連れてこいと言うかもしれない。それとも松川に乗り込むと言い出したら…?

最愛の娘が一方的に婚約を破棄されただなんて聞いたら、両親は深く傷つき、その後立ち直れないかもしれない。だからせめてもの慰めに「話し合って、同意の上で別れた」と嘘を吐くつもりだ。

麻友は冷静でいようと心に決め、実家のある藤沢へ向かった。


両親の反応は、意外なものだった。

母親は涙をぐっとこらえ、父親も怒り出すことはなく毅然としている。

娘の話を真剣な表情で聞き、「ごめんなさい」と繰り返す麻友に対して、「謝らないで。つらいのはあなたなのだから」と慰めてくれた。

「良輔と話し合って決めたことなの。お互い納得した上で…」

そこまで言って、言葉に詰まる。

―こんな嘘、バレてるよね…。私の親なんだから。

悲哀と優しさに満ちた二人のまなざしに耐えられず、麻友はうつむいて黙り込んだ。

「話はわかった。麻友はどうしたいんだ。納得いくまで逃げずに向き合いなさい。そうじゃないと、この先引きずるぞ」

父親が抑えたトーンで言う。

確かに父親の言う通りだし、こうなったら終わり方が大切だ。母親はどうにか事態を受け入れようと何度も言葉を飲み込みながらも「本当におしまいなの?」と時折独り言のようにつぶやいた。

「どうしたいかは自分でもわからないの」

そう言ったものの、本当は自分の気持ちに気づいていた。

本音では、良輔とやり直したいのだ。

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