200億の女 Vol.5

「彼といると、自分がコントロールできない」。2人の女を翻弄する、男の巧みな話術とは

―しまった。

キョトンとした富田の顔に他意はなさそうだが、確かにあの食事会で彼は『ニューヨークの資格を持っていて、そちらの仕事をする』と言っただけで、学歴について何も話してはいないし、私も敢えて聞かなかった。

探偵からの情報をうっかり喋ってしまったことに焦るのは、私が富田の能力をよく知っているからだ。

彼女は記憶力がいい。

一度会った人の顔と名前、肩書きを忘れないし、会食でのたわいもない話も覚えていて、次に相手にお土産を持っていく時など彼女の意見はとても役に立つ。私と違って人が好きで、他人に興味がある彼女ゆえの能力に、随分助けられてきたのだけど。

「彼、確かそう言っていたと思うけど。あなたがお手洗いとかで席を外した時だったかしら」

誤魔化すつもり…というよりはその場しのぎの私の言葉に、富田は疑うこともなく、そうでしたか、と答えて話題を戻した。

「…本当に神崎さんが仰る通りだし、私も何度も自分に言い聞かせてはいるんです。彼、本当に優しくて。私、自分が守られている気分になったのが初めてなんです。すごく大切にされてるなって本当に思うし、それが本当に幸せで、幸せで。

なのに彼が私以外の女の人に、電話で相談に乗ったり頭をクシャクシャって撫でてるのを見ると…。もう、胸がグーってなっちゃって。頭に血も登るし、私、自分の心臓がうるさいって思ったの初めてです。ドクドク暴れて飛び出しそうで」

「…心臓がうるさい?」

今度は、私が不思議そうな顔をしたのだろう。富田が笑って、いい歳をしておかしいのはわかってるんですけど、と続けた。

「親太郎さんと付き合い始めてから、私ってこんな女だったんだって初めて知ることが沢山あって。嬉しい部分もあるんですけど、嫌な感情も引き出されちゃってるし、自分がコントロールできないのが怖くなったんです。このままだとどうなっちゃうのって。

別に親太郎さんの浮気を突きつけられたとかでもないくせに、勝手な妄想で疑ってる自分が情けなくて、神崎さんの顔みたら、なんか…もう…」

「…少しはスッキリした?」

「はい。もう嫌だなぁ、私。恋愛が久しぶりすぎるから、加減が分からなくなっちゃってるというか…そのせいで彼の前でも泣き出しちゃって。しかも道端でなんて、冷静に考えると死にたいくらい恥ずかしい…。

彼は、俺の好きな人なんだからちゃんと自信を持って、っていつも言ってくれるんですけど…。くだらないことで、神崎さんを煩わせてしまって本当に申し訳ありませんでした」

そう言って頭を下げた富田を見ながら、“1分半ほどの抱擁”という探偵の報告書を思い出した。

あのスラリとした長身の、長い腕に包まれ、泣きじゃくる富田。富田の頭は、丁度彼の胸の位置に収まるだろう。

富田の髪に優しいキスを落とす、彼の形の良い唇。

その唇から紡がれた、俺の好きな人なんだから、という言葉は、どんな音で富田の耳に響いたのだろうか。

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