港区モード Vol.7

One day:人生の行き先を失った男が見つけた、未来への切符の『簡単な手に入れ方』



西麻布では珍しく、薄暗くないレストラン『Takumi』で会食相手を待っていたとき、その男は入ってきた。



チェックのネクタイにチェックのスーツ。

目の前の鏡に映る自分の姿を、堂々とそして茶目っ気たっぷりにチェックする。

案内され、僕の隣の席に座る。
お互い、相手を待っている。

白いライトの中で、全身無地の自分と、全身チェックの男が対照的に並ぶ。

僕にはわかる。


この人は、切符を手に入れた側の人だ。

そして男は、テーブルに置かれた、文字がぎっしりと書かれた紙に気づく。




オールバックのディレクトールが言う。

「こちらは、お料理の説明書です。お料理の内容やシェフの意図をできるだけ正確にお客様に伝えさせていただきたいと思い、一品ごとに材料の品目や分量などを書かせていただいております」

男は、目を細めて、食い入るようにそれを読む。

指でなぞりながら、何度も、何度も。


店に、真っ赤な口紅をひいた、モデルのような美しい女が入ってくる。

「船田さん」

女が男の席に近づく。
男は、説明書に夢中で気づかない。

「ちょっと、船田さん!!」

男が慌てて顔を上げる。



そうか、わかった。


切符を手に入れたこの男は、

目の前のことを夢中でやっているんだ。

僕のテーブルにも、紙がある。
慌てて伸ばした手が、それを掴む。




説明書を読みながら、気づいた。

いまから運ばれてくる料理も、未来だ。


間違ってなかった。
僕も目の前のことを夢中でやってきた。

ただ、一つ間違っていたこと。

ずっと、未来の最後の行先を知ろうとしすぎていた。


慌てて、「切符」という言葉をスマホで検索する。

~「切符(きっぷ)」の由来

『切符というのは、平安時代から戦国時代にかけて存在した、品目や分量などを記載するために用いる文書が引換証として発展したもの』


僕は慌ててディレクトールに声をかける。

「すいません、この紙、いただいてもいいですか?」
「もちろんでございます」


行先がわからない旅の準備は大変だった。

そして、

行先がわからない旅ほど面白いものはない。

隣で女に小言を言われ続けている男に少し会釈をして、
僕はスーツのポケットに切符を入れた。

行先の書かれていない、その切符を。



それを纏えば、ドラマが生まれる

港区モード。


▶NEXT:7月16日 火曜更新予定
六本木のクラブで出会う、港区モード


今週の港区モード:「トム フォードのスーツ」


構築的な肩周り、ワイドなラペル、そしてシェイプを利かせたウエスト、流麗なテーパードラインを描くトラウザーズ…… 。それらが渾然一体となってグラマラスなスタイルを演出するトム フォードのスーツ。

スーツ¥640,000(完売のため参考価格として)、シャツ¥110,000、タイ¥30,000、シューズ¥110,000〈すべてトム フォード/トム フォード ジャパン03-5466-1123〉腕時計[ケース]¥450,000 [ストラップ]¥75,000〈トム フォード タイムピース 03-4360-5608〉、サングラス¥47,000〈トム フォード アイウエア 03-6804-3652 〉


なかでも船田氏が纏った「アティカス」は、ウールにシルクとリネンがブレンドされているため、程よいハリ感とともに上品な光沢を放つ。そんなチェック柄のスーツに合わせたのは、同じくチェック柄のタイ。

コーディネートの妙を楽しめるチェック・オン・チェックのスーツスタイルこそ、組み合わせの妙にこだわるフレンチレストランでの食事には相応しい。

※本記事に掲載されている価格は、原則として消費税抜きの表示であり、記事配信時点でのものです。

この記事へのコメント

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No Name
真っ赤な口紅のモデルのような美人って由美ちゃんかな?!
2019/07/09 05:3965返信3件
No Name
ライターうまい。感動した。
2019/07/09 05:1946返信1件
No Name
短いけど、とっても素敵なお話。
私もいま目の前のこと、一生懸命頑張ろう!
2019/07/09 05:1237
もっと見る ( 30 件 )

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