港区モード Vol.4

最後の男:遊び歩く“不良妻”が、誰にも秘密にしている、夫への誓い

「久しぶり。元気だった?」

再会して、博樹が最初に発した言葉。それはあまりに普通で、ありきたりで。けれど彼の仕草の中に、戸惑いの色は隠れていた。

動揺した時に、右手で首の後ろを触る癖。付き合って半年が経った頃に気づいたその癖は、今も変わっていなかった。

「うん、元気だよ。博樹は?」

私は、それだけ言うのがやっとだった。

この日集まったのは、当時よく一緒に遊んでいたメンバーで、男女合わせて11人の会。

私と博樹が付き合っていたことも、別れたことも、もちろん全員が知っている。

1軒目では、博樹と離れた席になったため全然話せなかったけれど、2軒目に移動したBarで、ようやく話せる機会ができた。

「あの頃言ってた夢、叶えたんだね。すごいよ、おめでとう」

ずっと言いたかった「おめでとう」という言葉。博樹は当時と同じように目尻を下げて、「ありがとう」と言いながら優しい笑顔を向けてきて、こう続けた。

「予定より2年遅れてるけど、なんとか頑張ってるよ」

そして、少しの沈黙。

私は、言いたいことがありすぎて、すぐに言葉を選べない。博樹は笑顔のまま、私の目をじっと見つめてくる。

「なんか、あれだね…」

間を埋めるように、博樹が口を開いた。けれど彼も、すぐに言葉が出てこないようだ。

「なんか薫、幸せそうじゃん。すげぇ、いいとこの奥さんって雰囲気漂ってるよ。薫はやっぱりそういうのが似合うよな」

優しい笑顔を向けてくる博樹に、「“そういうの”って、何よ?」と、私はわざと突っかかるように言った。すると博樹は意外にも真剣に考え始めて、数秒間黙ってしまった。

「一流品を、さらっと身につけるようなことかな」

私をまじまじと見ながらそう言った後、付け加えるように「幸せそうで、よかった」とも言った。

「ありがとう。博樹は、結婚は?」

私はなぜか博樹の顔を見ることができなくて、自分の左手できらりと輝く結婚指輪を見つめながら聞いてみた。

「まだだよ。でも、同棲してる彼女がいて、そろそろかなとは思ってる」

「そっか、おめでとう」

まだ早いのかもしれないけれど、とっさに出てきた言葉は「おめでとう」だった。

それからはお互いの仕事の話や、共通の友人の話で盛り上がり、話題が尽きることはなかった。そうして二人で話していると、7年前に時間が戻ったような不思議な感覚に陥ることがあった。

けれど、

彼が着ているシワひとつないワイシャツや、汗を拭う時に見えた、綺麗にアイロンがけされたハンカチや、私の左手薬指のダイヤなんかが視界に入るたびに、私は現実へと引き戻された。


今の博樹と私の日常に、お互いの存在は、もう必要ない。お互いの隣には、今は別の人がいる。


7年の空白というのは、そんな事実をすんなりと受け入れてしまえるほどの時間だった。



「薫さんのその話、切ない!」

『T3』で博樹との再会を報告していると、千沙ちゃんが何度も「切ない」と口にした。

今日は、孝太郎と別れたばかりで傷心の千沙ちゃんを励ます会のはずが、なぜか私と博樹の再会話で盛り上がっている。

「で、薫さん。結局博樹さんとはどうなったの?二人で会う約束、もちろんしたんでしょう?」

この記事へのコメント

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No Name
船田さんがもはや、カッコイイの暴力と化していますね…眼福です🙏✨😭
2019/06/18 05:1583返信4件
No Name
終わっちゃったー(T ^ T)
船田さんも毎週、さらっと登場してくれて、ありがとうございました。私の最後の男は夫かどうかは置いといて(笑)、私も夫の最後の女でありたい!
2019/06/18 05:1572返信2件
No Name
船田さんの隣の女性は由美ちゃんですよね?
2019/06/18 07:5651返信1件
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