ブラックタワー Vol.10

妻が持っていた、出所不明の大金。プライドを傷つけられた夫がとった、最低の行動とは

「はじめて二人で会ったのは、ポストに不幸の手紙が入ってた直後だったと思う。」

黙り込んだままソファに座る妻に、僕は事の始まりを説明し始めた。

「その前も、カウンター越しでは結構話をしてた。何か助けてもらったお礼に、…なっちゃんからもらったフィナンシェをコンシェルジュのみんなで分けてくれって、渡したりもした。」

「…そんなことしてたの、私聞いてない。」

本当にごめん、と繰り返しながら、なぜあの時妻にきちんと言わなかったのか、ひどく後悔した。

「いい恰好したかったんだと思う。コンシェルジュなんて初めてだったから、自分が偉い人間になったように錯覚してた。よく思われたくてプレゼントするだなんて…情けないよな。」

再び黙りこくった妻に、メッセージアプリを見せながら、話を続ける。

「バーで連絡先を交換した。二回目は、奈月が遅くなるって言ってた日に、飲みに行った。先週の日曜日の夜含めて、三回会ったことになる。

…ただ、飲んで話しただけで、男女の関係とかではないんだ。…信じてほしい。」

「ただの友達のこと、宏太さん♡なんて呼ぶ訳ないと思うけど。随分嬉しそうにやり取りしてるし、下心がなかったなんて、私には信じられない。」

すでにメッセージは全部読んでいたのだろう。指を上下に動かしながら妻はあきれたような、蔑んだ視線をこちらに向けた。

「…正直、まだ俺も捨てたもんじゃないぞって、いい気になってた。本当にごめん。」

僕は、妻に言えなかった自分のコンプレックスを、正直に告白し始めた。


「ここに越して来てから、他の住民と比べて、自分が平凡でつまらない人間だって感じるようになった。…なんていうか、周りの人たち、凄そうな人が多いから。」

突然の話に、妻は困惑の表情を浮かべてはいたが、黙って話を聞いてくれている。

「家の初期費用、なっちゃんにも多く負担してもらっただろ?共働きだから当たり前だって思いもあるけど、甲斐性がないというか、さ。劣等感みたいなものを、感じ始めた。」

実際、多額の頭金を負担すると申し出た妻には、少なからず驚いた。

結婚前に聞いていた年収はほぼ同額だったはずなのに、自分に比べはるかに多くの財産を持っていることに、焦りと嫉妬を覚えたのだ。

「こんなこと、何の言い訳にもならないのはわかってる。でも、吉岡さんと話してると、その間だけは悩みを忘れられた気がしたんだ。…仕事柄、相手を立てるのも一種の仕事だってわかりきってるのに、ほんと情けないよ。」

「…あなたのこと、つまらないなんて、別に思ったことないけど。」

顔を上げた妻が、ぼそっと呟いてくれる。怒り口調ではあったが、ひどくうれしかった。

「日曜日の行先、黙っててごめん。…大学の同期の会社が人を探しているって聞いて、いろいろ話を聞いてきたんだ。」

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