シュガー&ソルト Vol.2

新卒で夢叶わず、派遣社員となった高学歴女子。彼女が目の当たりにした“東京の格差”とは

女の人生、その勝敗はいつ決まるのかー?

それは就職・結婚・出産など、20代で下した決断に大きく左右される。

ある分岐点では「負け」と見なされた者が、別の分岐点では幸せを勝ち取っていることなんてザラにあるのだ。

昔からその分岐点において、全く異なる結果になる2人がいた。その2人とは福岡出身の幼馴染、塩田ミキと佐藤菜々子。

大学受験に失敗したミキは、就職でようやく菜々子に勝ったと思っていたが、28歳をむかえた2019年、母から急に菜々子の”玉の輿婚”を知らされる。

ミキは5年前、菜々子が派遣社員となったことを聞いたきり、彼女の人生を知らずにいた。

就職に失敗した菜々子の人生はミキの知らないところでどう進んでいたのか?


―菜々子はどうしてアパレルを選んだの?

ミキの質問に「第一志望の広告業界から内定をもらえなかったから」とは答えず、なんでだろうね、とはぐらかしたのは菜々子なりのプライドだった。

しかし菜々子はミキに尋ねられてから、真面目に考え始めてしまったのだ。どうして私はアパレルの会社で現場勤務なんだろう、と。

就職後は、まだ本社で広告の仕事に携わる道もある、と前向きに考えるようにしてきた。だが周りを見渡すと、多くの社員が本社への異動を希望しているのに、先輩社員は30歳を過ぎても現場にいるー。

急に、未来が理想からどんどん離れていくように感じ始め、その3ヶ月後には退職の意を伝えていた。

会社を辞めると決めたとき、そのあと派遣社員になるつもりは全くなかった。だが菜々子が行きたいと思う会社で正社員として雇ってくれるところはなかなか見つからず、有休消化の日々はあっという間に過ぎ去っていこうとする。

菜々子は無職になるかもしれない不安に勝てず、結果として派遣社員となったのだった。



派遣社員として初めての勤務先は赤坂の不動産会社だった。「赤坂」と聞き、菜々子は心がざわつくのを確かに感じとっていた。

ーわたしの行きたかった広告代理店がある場所だ……。

菜々子は傷を蒸し返されるような気持ちになりながらも、赤坂駅から5分ほどの不動産会社へ、ケガで3ヶ月間休職する正社員の穴埋めとして働きに向かった。

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