2019.03.20
SPECIAL TALK Vol.54「フランスパンなんか売れない」。常識に反して現在も成長中
木村:出店に際して、もうひとつ問題がありました。それは、「フランスパンなんか売れない」というパン業界の常識でした。ただ、僕はそれまでパンを作ることだけ考えていて、マーケットを気にしたことがなかった。だから「売れない」と言われても、理由がわからなかったんです。
金丸:なぜでしょう。私にもわかりません。
木村:たとえば、売れない理由のひとつとして、「日本人は欧米人より、あごの力が弱い。フランスパンは硬すぎる」と言われました。コンビニでも売っているのは、柔らかいパンばかりですよね。
金丸:言われてみればそうですね。
木村:でも、あるとき面白い光景を見ました。夜中の横須賀線のホームで、残業帰りのおじさんたちが、ビール片手にスルメイカをかじっている。「あれ?」っと。
金丸:フランスパンより、スルメイカのほうがずっと硬い(笑)。
木村:そうなんですよ。あるいはパリの街角で観察していても、歯の悪いおじいさんがバケットを食べている。ただし、湿らせて、柔らかくしてから食べているんです。なるほど、と思いました。売れる、売れないというのは商品の問題じゃなくて、食生活の問題なんだと。
金丸:コンビニで硬いパンを売ると、クレームがくるという話を聞いたことがあります。あの包装だと、作りたてはパリッと硬くても、食べる頃には湿気で柔らかくなってしまうからと。
木村:僕も実験してみましたが、まさにそのとおりでした。それに、コンビニのパンは、ほぼ全部に味がついています。そこからわかるのは、日本人にとってパンは、忙しいときに片手で食べられるワンハンドスナックなんです。
金丸:かじりながらパソコンに向かう人も、たくさんいますよね。
木村:それなら、日本人のライフスタイルを変えれば、パンに新しい需要が生まれるはず、というのが僕の結論でした。
金丸:業界にどっぷり染まっていなかったからこそ、常識を疑うことで突破口を見出したんですね。そして、その結論も間違えていなかったから、日本各地に店舗を拡大できている。いま何店舗くらいあるのですか?
木村:9都道府県に32店舗あります。
金丸:ひとつお聞きしたいのは、木村さん自身、パン職人として相当な腕をお持ちですよね。
木村:うちの職人で、バケット焼かせて僕に勝てる人はいませんよ(笑)。フランスでは一日何千個ものパンをこねていましたから。
金丸:日本の飲食業界には、職人として優秀な人はたくさんいます。しかし、経営者になる人はほとんどいません。海外でも、たとえばサンフランシスコに、鮨、居酒屋、ラーメンなどいろいろな日本食の店を複数出しているレストラン王がいるのですが、彼は日本人ではなく、エジプト人。日本の職人たちは、雇用される側なんです。だけど、木村さんは腕だけでなく、経営でも成功しています。
木村:みんな大きな勘違いをしているんですよね。飲食店は料理さえ美味しければ成功すると思っている。でも実際には、美味しいのに潰れている店は世の中にごまんとあります。
金丸:その理由は何だとお考えですか?
木村:お客様が飲食店に何を求めているかというと、実は美味しさよりも、トータルの満足度なんです。しかも、美味しさというのは100点満点中、せいぜい25点くらいの配分でしかない。それなのに、腕がいい人ほど、残りの75点の配分をおろそかにしてしまう。
金丸:それが最大の弱点なんですね。
木村:パン業界も質実剛健をよしとする風潮がありますが、僕は自分の家が商売をやっていたので、ホスピタリティも考える素地があった。それが味だけなく、お店の雰囲気やサービスといった全体の満足度をいかに上げていくかという思考につながっているのではないかと思います。
とにかく没頭してみることが困難を克服する力を生む
金丸:今後はどのような展開を考えているのですか?
木村:メゾンカイザーは、2020年に創業20年を迎えます。20周年に向けて、パンをより美味しく食べてもらうためのバックサイドストーリーを充実させ、満足度をさらに高めていきたいです。それから、会社自体を、これまでの個人商店から会社組織に脱却させるために、組織体制の整備やマネジメントの見直しを進めているところです。
金丸:さらなる事業拡大を目指して、ということですね。
木村:創業したばかりの頃、うちにはほかの店舗であればエース級の職人がそろっていました。競い合いながら、お互いを高めていく理想的なチームだったのですが、店舗数が増えてビジネスのスケールが大きくなってくると、いつまでもその状態を維持するのが難しくなってきまして。
金丸:会社が大きくなったら、その規模に応じたマネジメントが必要ですから。
木村:そろそろ質の仕事だけでなく、量の仕事も作っていかなければならないと考えています。現在の売上は約40億円ですが、今後は量の仕事にもフォーカスし、加速させていくことで一気に事業規模を拡大していきたいですね。
金丸:第二創業として、これから挑戦が始まるわけですね。最後に木村さんから若い世代にアドバイスをいただけますか?
木村:一言で言うなら、「三昧する」ということでしょうか。私自身、学生の頃からずっと「三昧しろ」と言われてきました。三昧というのは仏教用語で、「すべてを投げ打って没頭する」という意味なんですが、学生時代はスキー三昧だったし、サラリーマン時代には仕事三昧でした。
金丸:とにかく一度没頭して、完全燃焼してほしいと。
木村:今の若い人たちは、なかなか一つのことに没頭する機会がないように見えます。たとえば働き方改革の実現に向けて、労働時間を短くしていこうというのが世の中の流れですが、なかには働きまくりたい人もいるかもしれない。ひょっとすると、今の日本社会が没頭する機会を奪ってしまっているのかもしれません。それでもやろうと思えば、自分で勝手に没頭することはできます。
金丸:自分が納得いくまでとことんやってみて、そこで初めて気づくことってありますよね。それは誰からも教えられるものではありません。
木村:中学生のときからそうですが、僕はとことん追い詰められて、「さあ生きるか、死ぬか」という局面で必死になったとき、スマッシュヒットのようなアイデアがひらめく、という人生を送ってきました。そこまで追い込まれるのは、自分が悪いんですけど(笑)。でも、追い込まれる経験はしておくに限ります。
金丸:人生の財産になりますよね。
木村:頭でっかちで食わず嫌いをしたり、とことんまで行きつく前にやめてしまったりするのはもったいない。だから、一度バカになって没頭してみる。すると、ふっと今までの自分とは違っていることに気づくことがあります。それは学歴や仕事に関係なく、みんなに共通することではないでしょうか。
金丸:がむしゃらに走り続けるうちに、新しい何かが見えてくる。挑戦することに気が引けてしまう若者は多いですが、木村さんのお話から、一歩踏み出す勇気をもらえたはずです。今日はお忙しいところ、本当にありがとうございました。
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