バツイチのおじさんに惹かれていく。恋愛偏差値だけは低かった丸の内OLの恋の行方

小さな玄関で浮くジョンロブ


自然派ワインが豊富な神田の店でボトルを2本空けて、その日はもう帰れなかった。池田の家は芝浦にある高級マンションで、夜にもかかわらずエントランスの受付には警備員が常駐していた。

だから、初めて私の家に来ることになった時は、1ルームの部屋を見せるのがとても恥ずかしかった。

東京の家賃の高さにひよって借りた25㎡の部屋。池田が脱いだジョンロブの革靴は、うちの小さな玄関で、あまりにも窮屈そうだった。


つき合ってみると、池田はそれまで会った誰よりも紳士で、初めての体験が連続した。

料理は取り分けてくれるし、タクシーで送り迎えしてくれるし、いつも私の体調のことを気にかけてくれる(おじさんはみんな基本そうで、だからあの日も心配してくれた)。

年齢的に自分の健康への意識も高いため、タバコは吸わないし遅い時間に飲み食いしない。その感覚が、女性とマッチするのだ。

そして、初めての食べ物をたくさん教えてくれた。Lボーンステーキ、子持ち鮎、涙豆などなど。美味しいを超えた、覚醒に近い経験が続き、私の舌は猛スピードで肥えていく。

さらに、会話の端々で海外経験を感じさせるのが魅力的だった。

「本場みたいに生クリームを使わないカルボナーラだからね」
「香港の本店にはよく行ってたんだ」

ナパヴァレーやサンセバスチャンなど、好きな場所も若者が行かない地で、私との経験値は天と地。永遠に追いつかない。教えるばかりでつまらないのでは?と、最初のころは不安でならなかった。私はゴルフもやらないし……。

それでも、池田は日に日に私のことを溺愛するようになり、常に褒められていた。

「やっぱり国立大学卒は地頭がいい」
「社内で一番パンツスーツが似合う」
「かわいくっておつりが来るよ」

大人の彼氏に近づこうとした私は、東京の美人女子大生が4年で経験することを1年で済ませ、磨かれていった。

それでも社内の男性から誘われることがいっさいなかったのは、どうやら池田が「結婚を前提につき合っている」と周囲に話していたかららしい。


変わっていく女と変わらない男


池田の家からは東京湾の花火大会がよく見えて、3年めの夏もふたりで花火を眺めていた。それが、特等席での最高の花火のはずが、その日はとても長く感じられ、“早く終わらないかな”と心ここにあらずだった。

「いまの関係を解消したい」

秋になって別れを告げると「なぜ?」と聞かれたが、さすがに「もの足りない」とは言えなかった。届かない憧れの人と思っていたのに、いつの間にか届いていたのだ。刺激はなく、むしろあるのは癒しのみ。それを求める人もいるけれど、欲が育った私は違った。

「おはよう」

ある日エレベーターで一緒になると、池田から声をかけられた。別れたあとも、理想の上司として接してくれている。

「調子が悪ければ早めに病院に行きなさい」

エレベーター内で咳き込んだ私にそう言った後ろ姿は、背筋がすっと伸びていた。

ーFin.

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この記事へのコメント

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No Name
ちょっとよくわかりませんでした。。
2018/10/02 05:4978返信2件
No Name
ここは写真にグランデを使うべき❣️
2018/10/02 06:1342返信4件
No Name
飽きっぽい女性ってことでしょうか。同世代の元彼とも同じような感じで別れてるし。この丸の内おじさん、誠実で魅力的なのにもったいない。
2018/10/02 07:5442返信1件
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