黒塗りの扉 Vol.3

夫以外の男と車内で見つめ合った瞬間。唇が触れそうな距離で知らされた、彼の本心

東京のアッパー層を知り尽くし、その秘密を握る男がいる。

その男とは…大企業の重役でも、財界の重鎮でもなく、彼らの一番近くにいる『お抱え運転手』である。

もしもその運転手が…雇い主とその家族の運命を動かし、人生を狂わせるために近づいているのだとしたら?

これは、上流階級の光と闇を知り尽くし支配する、得体の知れない運転手の物語。

ようこそ…黒塗りの扉の、その奥の…闇の世界へ。

これまでのあらすじ


自らの手腕で成り上がった男・環利一(たまき・としかず)。環が、政治家の田宮郷太郎(たみや・ごうたろう)とのポーカーの勝負に買ったことで手に入れたのが、専属運転手の鈴木明(すずき・あきら)だった。

だが実は鈴木は、ある人物からこんな依頼を受けていた。

『環利一を徹底的に壊して下さい』

そして、鈴木が環の自宅へ初めて出勤した日、環の妻・聡美は鈴木に対して、特別な感情を持つ。

鈴木と聡美の間に流れる微妙な空気に勘づいた環は、2人を監視するため、2人が乗る車にある仕掛けをするのだった。


「…嘘だろ…」

政治家の田宮郷太郎は、思わずそう呟いた。

迎えにきていた公用車に乗り込もうとした時、まるで幽霊でも見つけてしまった気分になったからだ。

通りの対面の歩道。表参道ヒルズのショーウィンドーの前で、信じられない光景が繰り広げられていたのだ。

「田宮さま?どうされました?」

鈴木の後釜として雇った初老の運転手に、心配そうに声をかけられる。田宮は何とか車に乗り込んだが、スモークガラス越しに視線を外せないままだった。

「少し、車を出すのを待ってくれ」

運転手にそう指示して、もう一度、その光景の主である男の顔を確認する。

―間違いない、鈴木だ。

その顔は確かに、つい先日まで自分の運転手だった鈴木明のはずなのに、髪型も服のテイストも違っており、何より表情と彼の纏っている雰囲気そのものが、全く違っている。

田宮の前ではロボットのように無表情だった男が…少女と腕を組み、笑いながらショーウィンドーの前で立ち止まった。

買い物に付き合っているのか、いくつかの紙袋を鈴木が肩から下げている。

少女が何かを指さしながら笑うと鈴木も破顔し、それは爆笑と言えるほどの様子だった。そしてその側には、2人を見守っているかのような、1人の女性が。

田宮は、その顔に見覚えがあった。

「…なるほど、な」

そこまで見届けると、田宮は運転手に車を出すよう指示した。走り出した車の中で、もう鈴木を振り返ることはしない。

―少しだけ…鈴木のことが分かった気がする。

鈴木と少女を見守っていたのは、環利一の妻・聡美だ。

聡美は良家の娘で、田宮は彼女の父親と昔からの顔馴染みである。何かのパーティで環から紹介されたこともあるため、その顔は知っていた。

とすれば、恐らく腕を組んでいた少女は環の娘じゃないだろうか。その年頃の娘がいると聞いたことがある。

そうだとすれば、あの2人も鈴木の雇い主ということになるが、彼女たちといた鈴木は明るく爽やかな運転手だった。つまり、田宮の運転手をしていた時のように、一切笑わなかった時とは全くの別人のように、完全にキャラクターを変えている。

ーそれは一体何のためなのか。そう考えるとやはり…

ガクンっ

「申し訳ありません!」

運転手の急ブレーキで、田宮の思考も止まった。車が急に割り込んできたようだ。

鈴木を雇っていた時には感じることの無かった類のストレスに、田宮はため息をつく。

そして目を閉じると思考を戻し、仮説を立てていく。

ーやはり、鈴木はただの運転手じゃない。何か目的があって、そのために必要なキャラクターを演じているとする。

ーならば環に雇われたのも、何らかの目的がある?…とすれば、俺がポーカーに負けたのは偶然ではなく仕組まれたもの、と考える方が自然だ。あのクソガキが、それとも、他のだれかが…。

あの時の田宮は、忌々しい相手に思わぬ負けを期したことが悔しくて、冷静な判断を欠いていた。だが冷静になって振り返ると、そもそも、あの会の開催自体が突然過ぎた。

―あの日、俺と環を、あの場で結びつけたかったのは……誰だ?......

黒扉

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