2018.09.08
黒塗りの扉 Vol.1「ママ、ぐっすり寝てたから起こさなかったよー♡ピアノのお教室、終わったらLINEするから、むかえにきてね!ママとデートしたいから♡♡♡」
12歳になった一人娘の琴(こと)からの置き手紙。
丸くて可愛らしい文字に、聡美は思わず微笑む。あまり体が丈夫ではない母を気遣い、琴は優しい子に育ってくれた。有難いけれど、年齢よりも随分と大人びている娘を思うと、申し訳なくなってしまう。
―眩しい。
紅茶を淹れるためのお湯を沸かしながら、聡美は目を細める。空調がきいているというのに暑いと感じるほどの日が差し込む、この明るすぎるリビングが、聡美は好きではなかった。
広尾にある低層マンションの、最上階。元々2世帯で設計されていたものを、利一が両方買取り、自ら1フロアにデザインし直したものだ。
「聡美ちゃんへの結婚プレゼント」
6年前、そう誇らしげに笑った利一の顔が、今ではもう幻だったのではないかとさえ思う。ここ数年は笑顔どころか、業務連絡以外の会話も無いのだから。
「わたしは利一のこと結構好きだけど、ママが離婚したいならしてもいいよ」
軽い口調で、琴はいつもそう言う。
琴が利一と呼び捨てにするのは、彼が実の父親ではないことも大きい。琴は聡美の連れ子で、利一は初婚だが、聡美は再婚だった。
―そういえば、あの人からLINEが来てた気がする。
利一からの『業務連絡』を確認するために携帯を開こうとした時、来客を知らせるベルが鳴り、インターフォンのモニターにコンシェルジュの顔が映った。
「運転手の鈴木様がいらっしゃいましたが、お通ししますか?」
聡美は手に持っていた携帯の、利一からのLINEを開いた。そこには新しい運転手が今日訪ねてくることと、自分が約束の時間に少し遅れそうだから、リビングで待たせておいて欲しいと書いてあった。
「10分後に上がって頂いてもよろしいですか?」
寝起きのままの格好だった聡美は、着替えるためにそう言った。するときっちり10分後に、今度は玄関のベルが鳴り、身支度を整えた聡美はドアを開けた。
「運転手の鈴木と申します。ご主人だけではなく、ご家族の運転も担当すると聞いておりますので、奥様、どうぞ宜しくお願い致します」
―美しいお辞儀ね。
そう思いながら、聡美も挨拶をして招き入れる。
「主人はもうすぐ参りますので…」
リビングでお待ちください、と言おうとした聡美の心臓が、ドクンっと大きく音を立てた。
それは、彼が聡美の隣を通りすぎた後に感じた香りのせいだった。
「…その、香水…何で…」
思わずそう呟いてしまった聡美に、鈴木と名乗った運転手が申し訳なさそうな顔になる。
「申し訳ございません、やはり不快だったでしょうか?勿論、普段は一切香りをつけませんが、今日家を出る直前に、ルームフレグランスを倒してしまって…」
恐縮し謝る運転手の言葉は、もう聡美の耳には届いていなかった。
それは…聡美にとって、忘れられない香り。まだ聡美の人生が、情熱と愛に溢れて、鮮やかに色付いていたあの頃の香りだった。
今は、もういない
誰より愛していた男の、残り香。
動悸が激しく打ち続け、呼吸が乱れる。目の中が真っ赤に染まり…聡美は、鈴木の腕の中に倒れこんだ。
▶NEXT:計算か、偶然か…鈴木明が、環の妻の心を掴む…?
【黒塗りの扉】の記事一覧
2018.11.03
Vol.10
【最終回】黒塗りの扉:運転手の仕組んだ罠で、破滅へ向かう2人…そして全ての謎が明かされる
2018.10.27
Vol.9
夫に内緒で、運転手との駆け引きに応じた妻。その先に待つのは破壊か、それとも・・・?
2018.10.20
Vol.8
妻はなぜ、この男と通じ合う?ついに牙をむいた、運転手の陰謀
2018.10.13
Vol.7
すでに罠に堕ちているのは、夫か妻か…。ジリジリと追いかけてくる、規則正しい革靴の音
2018.10.06
Vol.6
「2人きりでお会いしたい」。男からの意味深な誘いに、疑惑を抱えながらも揺れ動く女心
2018.09.29
Vol.5
時代の寵児と呼ばれた男の、知られざる過去。子持ちバツ1女性を妻にするに至った、強烈なる欲望
2018.09.22
Vol.4
あの男の嘘を暴いてやりたい。過去の秘密を知られ不信感を募らせた女の、止まらない疑心暗鬼
2018.09.15
Vol.3
夫以外の男と車内で見つめ合った瞬間。唇が触れそうな距離で知らされた、彼の本心
おすすめ記事
2018.09.08
黒塗りの扉 Vol.2
「あの男と何かある…」異変を察知して妻の監視を始める夫。急速に広がる猜疑心と、歪んだ衝動
- PR
2024.04.16
先輩美女と4回目のデート中。「今夜こそ家に誘いたい…!」と狙う男を勝利に導いたあるアイテムとは
2018.02.09
東京の中心で、地元愛をさけぶ
女性に「ウマい」なんて言ってほしくない。結婚願望強めな、神戸・山の手育ちのお坊ちゃま
2018.05.21
Fragile Love
Fragile Love:「これは、夢…?」銀行の出世争いを必死に勝ち抜いてきた、アラフォー社畜オヤジの恋
2019.07.10
もう1人の私
もう1人の私:夫が冷たい、子どもも産めない…。結婚生活に絶望した貞淑妻の恐ろしい二面性
2021.02.22
愛して、もう一度だけ。
「久しぶりに、会いたい!」と元彼に言わせるために…。27歳女が使ったLINEテク
2024.02.08
男と女の東京ミステリー
「ストーカー?」知人男性に後をつけられ戦慄が走る28歳女。麻布十番のカフェに逃げ…
2022.01.26
再構築夫婦
夫に男友達との浮気を疑われたサレ妻。ショックのあまり向かった先は、自宅でも実家でもなく…
2017.04.14
赤坂の夜は更けて
赤坂の夜は更けて:俺はもう、おじさんなのか?41歳男が溺れた、ひと回り下の彼女
2020.06.14
14日間の恋人
あれは最悪の14日間だった…。画面越しのデートを繰り返した女が、男に伝えた本音とは
東京カレンダーショッピング
『秋田かまくらミート』:秋田を代表するブランド牛「秋田由利牛」!サシの美しい上質なしゃぶしゃぶ用サーロイン
『肉のABCフーズ』:黒トリュフ塩付!牛タン&A5ランク黒毛和牛を使った極上ハンバーグ
『パンツェロッティ』:具材ごろごろボリューミー!フレッシュな野菜と肉感満載のフライドピッツァ
『HAL YAMASHITA 東京』:シルクのようななめらかさ!冷え冷えトロリの新食感"ウォーターチョコレート"
『レザンファンギャテ』:しっとりと濃厚で、コクのあるニューヨークスタイルのチーズケーキ
『ル・ボヌール 芦屋』:しっとりサクサク!フリーズドライ苺にホワイトチョコをたっぷりと浸透させた新感覚スイーツ
ロングヒット記事
2024.04.12
三人の男たち~夫婦の問題~
広尾に住む、共働きエリート夫婦。新婚当初から寝室を別にしたけれど、ある問題が…
2024.04.14
Editor's Choice~life style~
無難になりがちな通勤着を格上げする、大手百貨店のコンシェルジュサービス2選
2024.04.09
Editor's Choice~fashion~
ディオールの新作ローファーに、彼女も思わず目を留める。春の大人デートは1点豪華主義でキメる!
2024.04.11
Editor's Choice~beauty & wellness~
「ZARA」から新しくヘアブランドが誕生!髪のお悩みを解決してくれる、優秀アイテム全6品をチェック
2024.04.12
大人の週末ToDoリスト
東京にいながら世界のグルメを堪能!ベルギービールのイベント、チキンがテーマのフランス映画…今週末のイベント3選