有馬紅子 Vol.8

漏れ出てしまった本音。出世のために負の感情を押し殺してきた女の、迂闊な失態

深窓の令嬢が、超リッチな男と結婚。

それは社会の上澄みと呼ばれる彼らの、ありふれた結婚物語。

有馬紅子(ありま・べにこ)もそんな物語の一人として17年間幸せに暮らしてきた。

しかし突然、夫・貴秋が若い女と駆け落ち同然で家を出てしまい、紅子のプライドは消えかける。

就職先を探して新たな一歩を踏み出すが、そこには様々な女たちの罠と思惑が張り巡らされ…。

ある日の仕事中、「あなたが役に立つ」と言われて連れ出された紅子だが、クレーム処理中とんでもない発言を…。

「社会経験、ほぼゼロ」。有閑マダムのレールから強制的に外された女・有馬紅子のどん底からの這い上がり人生に迫る。

小河利佳子の苦悩:「イライラする…負の感情が引きずり出されそうになる」


謝っていただけますか?…私はあなたを許しません

唐突で、予想もできなかった有馬さんの言葉。

圧倒的優位な立場から気持ち良くいじめていた千穂さまは、まさか反論されるとは思わなかったのだろう。

彼女はまだ状況を飲み込めていない様で、有馬さんと私の間で数回視線を泳がせた後…ため息を吐いて有馬さんを見つめながら、ボソリとおっしゃった。

「…私が?誰に謝れ、と?」

驚き過ぎたせいなのか、金切り声の熱が引いた口調。それがかえって不気味に感じてしまう。私は急いで口を開いた。

「鷹橋さま、大変失礼いたしました」

これ以上事態を悪化させるわけにはいかない。自分に千穂さまの視線を引きつけるために言ってみたものの、効果はなかった。

千穂さまは、私に一瞥もくれない。

有馬さんを睨みつけたまま、どれくらいの沈黙が続いただろうか。

「ああーもう、相変わらずイライラする女ね。清く正しく生きています、っていう、いい子ちゃんなあなたが昔から大嫌いだったけど、力のない正義感を振りかざしても迷惑なだけよ?」

そう言った千穂さまの大きな声に、私はぎくりとする。

それはまるで自分の心を覗かれ、密かに思っていたことを代弁された気分だったからだ。

思わず上がりそうになっ心拍数を、こっそりと深呼吸で抑えていると、今度は有馬さんが口を開いた。

「…ですから、私のことはなんと言われても構いませんが、小河さんをはじめとする皆さんは、本当に優秀な方々で…」

なお、しつこく食い下がった有馬さんに、千穂さまの機嫌の良さそうな笑い声が重なった。

「世間知らずもいき過ぎるとただのバカね。紅子さん、私、いま初めてあなたに優越感を感じちゃってるわ。ねえ、あなたが守ろうとした…あなたの隣にいる小河さんの顔を、ちゃんと見てみなさいよ」

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