恋と友情のあいだで~廉 Ver.~ Vol.8

「もう、夫とはしたくない…」 友達だった既婚男女が、不適切な関係に陥るまで

再会


そうして迎えた、10周年パーティーの夜。

会場となる『Terrace Dining TANGO』からほど近い『東京プリンスホテル』のラウンジで、僕たちは少し早めに待ち合わせをした。

ほどなく現れた彼女は、赤いノースリーブのドレス(彼女は赤が好きで、とても似合う)。その手には、中に何も入っていないのではないかというほど小さなクラッチを携えていた。

僕に気がつき、ホッとしたような笑顔を見せる里奈。

「廉、また日に焼けたね」

当たり障りのない会話をし、僕はコーヒーを、里奈はハーブティーを一杯だけ頼む。そしてそれを飲む間、僕たちは懸命にお互いの正しい距離を探り合った。

学生の頃、夜な夜な西麻布に繰り出しては港区おじさんと飲み歩いていた里奈。そんな彼女も今や、代々続く鉄鋼メーカーの社長夫人である。

そして僕にも、シンガポールに残してきた妻・美月がいる。

おそらくこれから会う同級生の女たちの中でもダントツに裕福な暮らしをしているであろう彼女の幸せを、そして僕自身の平穏な生活を、絶対に壊してはならない。

僕はそのことを忘れぬよう、意識して自分に言い聞かせた。

しかしそもそも冷静に考えてみれば、そんな精一杯の防御を張ってまで里奈とふたりで会っていることこそ、僕に隠しきれぬ欲望があったことの証明に他ならない。

そんな偽りの防壁などほんの些細なきっかけで壊れてしまうことくらい、わかっていたはずなのに。


会場に到着するや否や、僕は見慣れた面々に次から次へと囲まれ、気づけば里奈とは別行動になっていた。

仲間たちと一通り戯れあったあと、慌てて里奈を探す。

彼女は集団が苦手だから心配していたのだが、楽しげに未祐と談笑している姿を見つけたので安心し、それで僕は僕で懐かしい喧騒へと戻ることにした。

パーティーでは思いがけず様々な催しが用意されていて、「実は昔好きだった人」を投票するという甘酸っぱい企画では僕が2位に選ばれ驚いた。…まあ本音を言えば学生時時代、サークル内で人気者だった自覚がないわけではなかったが。

開票結果が読み上げられた後、僕は皆の前に出るように促された。

「では廉、おめでとうー。なんかムカつくけど、これどうぞ」

そんな憎まれ口を叩く友人から記念品(リッツ・カールトン東京の宿泊券だった)を受け取り、野次と歓声に応えて「まあ、予想どおりです」などとドヤ顏で言っておく。

するといつの間にそばにいたのか、学生時代の元カノ・結衣が僕の腕を引っ張った。

「廉、もちろん私も名前書いたよぉ♡」

にこにこと嬉しそうに僕を見上げる元カノは、記憶の中のシルエットより随分ふくよかになっていた。

結衣とは1年生の夏から1年半ほど付き合ったが、就職活動が始まる頃にはすっかり疎遠になり卒業後は一度も連絡を取っていない。

Facebookで垣間見る情報によると、彼女は某電機メーカーの同期と早々に結婚しすでに一児のママらしい。

「久しぶりだね。廉、今シンガポールに駐在してるんでしょ?なんか…しばらく見ない間に大人になって、ますますカッコよくなったね」

そんな風に褒められて、僕も悪い気はしない。

「結衣も、ママにはとても見えないよ」などと社交辞令を返していると、ふいに遠巻きにそれを見ていた里奈と目が合った。

…勘違いだと言われてしまえば、それまでである。

けれども…物言いたげにじっとこちらを見つめる里奈の視線。そこに、仄かに燃える炎を見た気がして、僕はハッとする。

そして、あることを確信した。

−僕たちはそれぞれ、お互いの名を書いたに違いない−

この企画は匿名投票だったから、真実を確かめる術はない。

しかし自身の直感の正しさを、僕はこの後すぐに知ることとなるのだ。

この記事へのコメント

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No Name
やってることは不謹慎だけど、誰かを好きになる気持ちはいつまでも持っていたいと思う。

自分のことのようにドキドキする
2018/08/15 05:2099+返信29件
No Name
ドキドキする!
続きが気になりますね!

それにしても、美月…
残念。
ってか、一緒に帰国すればいいのに。
2018/08/15 05:2599+返信12件
No Name
この二人は、既婚中にはそんな関係になって欲しくない…
と急に思いました。甘酸っぱい関係といっても所詮不貞行為ですし。

あと、、美月がこっそり日本にいそう…
2018/08/15 05:4499+返信4件
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