恋と友情のあいだで~廉 Ver.~ Vol.7

「あの女だけは許せない」結婚前夜。新妻が年下エリート夫の“女友達”に感じる、危険な予感

結婚前夜


「それじゃ、私お風呂に入ってくるね」

廉にそう声をかけてから、私はバスソルトやらマッサージオイルやらを両手に抱え、バスルームへと向かった。

私たちはついに明日、結婚式を迎える。

今夜は式場である『グランドハイアット東京』に宿泊し、いわゆる結婚前夜を迎えているわけだが、期待していたようなロマンチックさは特にない。…まあ、私たちはすでに生活を共にしているから、仕方がないのかもしれないが。

「あんまりゆっくりして、のぼせるなよ」

廉の声に「はーい」と答え、私はそっと扉を閉めた。

そして思う。今、この瞬間、廉はスマホを手にしているだろう、と。

それというのも、ついさっき、机に置かれた彼のiPhoneにLINE通知が届いていた。

相手は、あの女に違いない。相沢里奈。

廉も通知に気づいていたのに、すぐに確認しようとしなかったのがその証拠だ。

それにしても。結婚式の前の晩に、妻と一緒にいることがわかりきっているのに、あの女はいったいどういう神経でLINEを送ってくるのだろうか。

裕福な家に嫁ぎセレブ妻の地位を欲しいままにしているのだから、そのまま大人しく良妻を気取り、さっさと子作りでもすればいいものを。

廉を問い詰めないのは、別に包容力なんかじゃない。そんなことをしたって「ただの友達」だと一蹴されるに決まっているから。

実際、廉とあの女はおそらくプラトニックなのだ…現時点では。

だとしても、“男女の友情”なんて信用ならない。むしろ一線を超えていないからこそタチが悪いくらいだ。

そう...あれは確か、まだ廉にプロポーズされる前。デート中に偶然、あの女が現れたことがあった

あの時ふたりが遠慮がちに交わした視線、ぎごちない会話の間。あれのどこが、ただの友達だというのか。そんな風に思っているのは、本人たちだけだ。

だからこそ、あの女だけは許せない。見て見ぬフリはできない。

友達ヅラで何年もずっと廉の心に居続ける、相沢里奈だけは。

私はこみ上げる苛立ちを抑え、ローズが香り立つバスタブに体を沈めた。


廉:永遠の愛を誓うとき


『グランドハイアット東京』のグランドチャペル。

杉の木で囲まれた優しくも荘厳な空間には、頭上から柔らかな光が、僕と美月を包み込むように降り注いでいた。

そのシーンは今でも、僕たちふたりにとって、幸福の1ページとして記憶に刻まれている。

ウェディングドレスに身を包んだ美月はお世辞抜きに美しく、彼女が愛に溢れた視線をよこすたび、僕は誇らしい気持ちにさえなったのだ。

これから先どんな困難があろうとも、僕は美月とふたり、手を取り合って生きていく。

美月と歩幅を合わせてヴァージンロードを進みながら、僕は一歩一歩、覚悟を新たにしていた。

…それなのに、どうしてだっただろう。

「はい。誓います」

神父の言葉に、誓いの言葉を立てたとき。胸の奥で一瞬、刺すような痛みが走ったのは。

しかしそれは微かな、ほんの小さな違和感であり、隣で美月が「誓います」と力強く答えた時には、もうすっかり消えてなくなっていた。

続く誓いのキスは、迷いながらも唇にした。

わっと上がった冷やかしの歓声の中に、きっと里奈もいたはずだ。

フラワーシャワーを浴びてチャペルを後にしたあと、披露宴の間中、僕は上司や先輩、サークル仲間や会社同期など、次々に集まっては祝辞をくれる皆と、ひたすら乾杯をするのに忙しかった。

ムービーを鑑賞している隙や写真撮影の合間、僕は思い出したように何度か里奈の姿に視線を走らせた。しかし彼女はなぜか硬い表情のままこちらを見ようともしない。

−あいつ、未だに集団が苦手なんだな。

僕は彼女のクールな態度をそんな風に捉え、大して気にもしなかった。

むしろふたりで食事をした時の屈託のない笑顔を思い出し、僕は皆の知らない彼女を知っているのだという謎の優越を感じたりしていた。

今思えば、随分とおめでたい思考回路だ。

このとき、自分の見ていないところで美月がどんな表情をしていたかや、里奈がどうして僕を見ようとしなかったか、そして誓いの言葉を口にしたときに感じた微かな痛みの理由を僕がいよいよ知ることになるのは、もっとずっと、歳を重ねてからだった。

この記事へのコメント

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No Name
美月を応援しなきゃいけないのはわかるけどどうしてもリナを応援してしまう。
まったく美月に魅力がない
2018/08/08 05:4599+返信11件
No Name
主役3人が誰ひとり好きになれない。
2018/08/08 05:2999+返信2件
No Name
男の言い訳「一線を越えていない」、女の怒り「その方がいっそ質が悪い」、ってのは昔読んだ森瑶子の小説にもあったな。その分きれいな心の結びつきが強いなんて、許せるもんじゃない。美月のじっとりぶりはうっとうしいけど、どう考えても不安にさせたレンが悪いわ。
2018/08/08 05:2099+返信6件
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