恋と友情のあいだで~廉 Ver.~ Vol.6

「ただ、2人で食事しただけ」新婚の商社マンがセレブ妻との密会に使った“友情”という隠れ蓑

「…じゃ、次は廉の結婚式で」

別れ際、里奈は低いトーンでそう言うと、あっさりとタクシーに乗り込んだ。

走り去る車を見送り一人になった僕は、余韻を冷ますような気持ちでスマホを手に取り、そしてその画面表示にハッと息を飲む。

里奈と会っていたおよそ3時間の間に、美月から何度も何度も着信が入っていたのだ。

何かあったのかと心配に思う一方で、あまりの勘の鋭さに怯えてしまう僕がいる。

別にやましいことなど何もないが、里奈の残り香を纏った状態で妻と言葉を交わす気にはどうしてもなれず、コールバックするのはやめておいた。

“どうした?今、大学サークル仲間の皆で集まってる“

僕はそうメッセージを送るとすぐさまタクシーを拾い、仲間たちが待つ西麻布へと向かう。

時刻は22時を過ぎていたが、仲間たちはまだ1軒目で騒いでいるらしい。しばらくは帰る気配もなさそうだ。

別に、美月に嘘をついたわけじゃない。

そう、僕は妻に余計な心配をかけぬよう、言うべきことを取捨選択しただけだ。

歪んでいく愛


シンガポールに戻った次の週末。

僕は美月を、シャングリラホテルのハイティーに連れ出した。


以前に彼女から行ってみたいと誘われた時には「駐妻仲間と行ってきなよ」などと断っていたのだが、どうやら美月は駐妻コミュニティがあまり得意でないらしい。

結局まだ行けていないことを知っていて、だからこの日は僕から誘った。

「東京もめちゃくちゃ暑くってさぁ。スーツとか地獄だぜ。もはや亜熱帯だよ、あれは」

上品な大きさのサンドイッチをつまみながら僕は饒舌に語り、日本では仕事の予定ばかりで、特に楽しいことなどなかったのだと強調する。

話を聞いて美月が「あはは」と楽しげに笑う顔を、僕はホッとしつつもどこか複雑な思いで眺めていた。

…結局、一時帰国中の夜、僕が電話に出なかったこともコールバックしなかったことも、彼女は一切、追及してこなかった。

しかしその代わり僕がシンガポールに戻った日曜の夜、「寂しかった」とひとしきりベッドで甘えたあと、美月はこんなことを言ったのだ。

「ねぇ廉、子ども作らない?」

「え…?」

もちろん嫌なわけじゃない。しかし僕たちは結婚当初から、しばらくは夫婦ふたりの時間を楽しもうと話していたはずだ。

それなのにどうして今、いきなりそんなことを言う?

不穏にざわつく胸を押さえながら、僕は彼女の神経を逆なでないよう十分に気を使って「そうだね」といったん同意した。

「だけどさ、子どものことは結婚式が終わってから考えようよ」

僕は美月の頭を撫で、穏やかにそう付け加える。

彼女も「そうね」と頷いていたし、何ら不自然な対応はなかったはず。しかしこの時を境にむしろ僕の方が、美月に対し、どこか冷めた思いを感じるようになってしまった。

「私もう一つ、TWGのお紅茶試そうかな」

楽しそうにティーリストを眺めていた美月が、僕に上目で微笑む。

「ああ、そうしな」と彼女に頷いてみせながら、その裏で僕の心は、まったく別のことに占領されているのだった。

“この前は楽しかった。連絡ありがとうな”

今朝、ふと伝えたくなって里奈に送ったLINE。…その返事が、そろそろ届いているかもしれない。

視界の隅に、テーブルの端に置かれたスマホが目に入る。

思わず手を伸ばしたくなる衝動を、僕はぐっと耐えた。


▶NEXT:8月7日 火曜更新予定
廉の結婚式で再び対面した里奈と美月の間に、予想外の確執が生まれる...?

※本記事に掲載されている価格は、原則として消費税抜きの表示であり、記事配信時点でのものです。

この記事へのコメント

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No Name
なんでだろう、どうしても美月が好きになれない…
それはさておき、男女の友情は永遠の片想いか、不毛な両想いで成り立ってると思ってます。
2018/08/01 05:2399+返信15件
No Name
レンの口調が気持ち悪い…熟れた色香って。。20代とは思えないです。
2018/08/01 05:4099+返信2件
No Name
美月、早まって、廉との間に子供作ったらダメよ! 別れて別の人とにしなさいよ。美月は廉を愛してない。守りに入りすぎてる。
2018/08/01 05:4171返信4件
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