恋と友情のあいだで~廉 Ver.~ Vol.6

「ただ、2人で食事しただけ」新婚の商社マンがセレブ妻との密会に使った“友情”という隠れ蓑

里奈との密会


広尾の『Sudachi』に到着すると、先に来ていた里奈は僕を認め、小さく手を振った。

「ごめん、里奈。待った?」

僕はともすると滲み出てしまう照れを隠すように、首筋の汗を拭う。

彼女と待ち合わせをするのは、初めてじゃない。大学の中庭で、大教室の入り口で、カフェや駅前で、過去に何度もこんな風に落ち合った。

しかしこの夜すぐに里奈の目を直視できなかったのは、ノースリーブから覗く華奢な二の腕に、タイトなスカートが映し出す身体のラインに、熟れ始めた果実のように匂い立つ色香を感じたからだ。

19歳で出会った僕たちも、気づけば28歳。知らぬ間に随分と、大人になっていた。


振り返ってみるとこの夜、僕たちは他人の話ばかりをしていたように思う。

僕はそれほど親しいわけでもないが、里奈と仲の良かったサークル仲間の未祐の近況を尋ねてみたり、誰と誰が結婚したとか、あいつはしばらく独身に違いないとか、そんな噂話ばかりを競うように話した。

互いの心の内に触れるようなことは言わない、聞かない。

上澄みを掬うような会話ではあったけれど、僕は随分と久しぶりに、里奈と自然に笑いあえる時間を心から楽しんでいた。

彼女とはここ数年いつからともなく疎遠になり、口をひらけば嫌味を言い合うことしかなかったから、里奈が自然に叩く軽口や、ふいに向ける飾らない笑顔に、僕の心はぽっと温かくなる。

おそらく、お互いが別の相手と結婚しているという現実が、僕らの “友情”を絶妙なバランスで保ってくれていたのだろう。

ただこの日、会話の途中で、里奈が時折ぼんやりと空を見つめる瞬間があった。

憂に満ちたその横顔はなんだか見知らぬ人のようで、僕はその度に言いようのない焦燥に駆られる。

そして僕は僕の知っている里奈を取り戻すような思いで、調子のいい冗談を言っては彼女を笑わせた。

「ほんと廉って、相変わらずね」

里奈は呆れた、と言わんばかりの表情を見せるが、“友達”でいようとする男女の会話に本心など現れない。

一向に大人になれぬ僕でも、そのくらいはわかっていた。

それなのに僕は、里奈を案じる心とは裏腹に、彼女の強がりに終始気づかぬふりをしてしまった。

彼女は今、幸せなのだ。そう自分に言い聞かせた。

そうしておかなければ、ようやくバランスを取り戻した僕たちの関係が、再び崩れてしまいそうで。

この記事へのコメント

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No Name
なんでだろう、どうしても美月が好きになれない…
それはさておき、男女の友情は永遠の片想いか、不毛な両想いで成り立ってると思ってます。
2018/08/01 05:2399+返信15件
No Name
レンの口調が気持ち悪い…熟れた色香って。。20代とは思えないです。
2018/08/01 05:4099+返信2件
No Name
美月、早まって、廉との間に子供作ったらダメよ! 別れて別の人とにしなさいよ。美月は廉を愛してない。守りに入りすぎてる。
2018/08/01 05:4171返信4件
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