2018.07.24
恋と友情のあいだで 〜里奈 Ver.〜 Vol.5愛情の格差
たとえば、直哉が真面目で一途な男だとか、裏表のない善人だと信じきっていたわけではない。
恵まれた出自ゆえ、夫は世の中をナメていたり、自分は特別だと選民意識を持っているような節もあったが、でもそれはお互い様だし、二人は似た者同士とも言えた。
私はそんな所も全てひっくるめて彼との生活を居心地良く感じていたし、少なくとも直哉は家族であると同時に私の味方で、私をぞんざいに扱ったり、軽々しく傷つけることはないと思っていたのだ。
だから、彼がわざわざ休日に時間を割き、あれほど人目に付く場所で堂々と女と会っているという事実に、私は思わぬショックを受けた。
しかしあの日、数時間後に帰宅した直哉は、何食わぬ顔でこう言い放ったのだ。
「リナ、何であんなに急いで帰っちゃったんだよ?話しかけてくれれば良かったのに。一緒にいた彼女は、オフィスの内装を頼んでる空間コーディネーターで...」
堂々とした口調ではあったが、見え透いた嘘だった。
いくら妻という立場に甘んじていたとはいえ、直哉とモデル風女が放つ明らかな男女の空気に気づかぬほど、私は鈍感ではない。
そうして私は、泣いたり責めたり悲観に暮れたり、一通りの激しい感情を直哉にぶつけた。
だが、そんな私の反応を一通り冷静に対処すると、直哉は予想を遥かに上回る言葉を口にした。
「心配させて悪かったよ。でも仮に...俺が何かやらかしたとして、リナはどうしたい?まさか、俺と別れるのは困るだろ。お互い、ある程度の自由があっても別にいいじゃないか。今までそうやって上手くやってきただろ...?」
直哉はまるで小さな子どもに言い聞かせるように、私の目をじっと覗き込み、髪を優しく撫でながら微笑んだ。
「俺が一番大事で、一番愛してるのはリナだけだよ。俺たちは“理想的な夫婦”じゃん」
あのとき、どうして彼を突き飛ばせなかったのか。どうして頰を思い切り叩いてやらなかったのかと、この出来事を思い出すたび、私は後悔と嫌悪に駆られる。
たしかに私たちは、自由でスタイリッシュな夫婦だった。
けれど私は、いくら友人知人と夜の街に出歩くようになっても、男と二人きりになったり、ましてや火遊びのような真似事は決してしなかった。
そのくらいの節度は、夫婦として当然のことと思っていた。
でもいつの間にか、私たちの夫婦の定義にはズレが生じ、直哉と私の愛情の格差も、大きく開いていたのだ。
◆
その後直哉は、約束通り私を贅沢なヨーロッパの旅へと連れて行った。
彼は行く先々で私に服や靴をちょこちょこプレゼントし、最後にはパリのヴァンドーム広場のヴァンクリーフ&アーペル本店にて、私が長年欲しがっていたチャームウォッチを買い与えた。
「リナの喜ぶ顔が見たい」とのことだが、本音は「これで機嫌を直せ。この生活に不満があるのか?」と言ったところだろうか。
しかし私は彼の思惑通り、その行動に納得し、元の穏やかな妻へと戻ることにした。
ときどき爆発しそうな感情を抑え、「こんなのよくある話」「浮気は男の甲斐性」と陳腐な文句を頭に浮かべながらも、私はまだ自分が比較的恵まれた女であると信じたかったのだろう。
言い換えれば、直哉に上手く飼い慣らされたのだ。
だが、そんな脆い信念を見事に打ち砕いたのは、あの廉が結婚するという知らせだった。
▶NEXT:7月25日 明日更新予定
ヒビが入り始めた、幸福な妻の座。一方で廉は年上彼女と結婚を決め、シンガポール駐在をスタートさせていた。
※本記事に掲載されている価格は、原則として消費税抜きの表示であり、記事配信時点でのものです。
言っちゃ悪いけど、本当に似たもの夫婦だと思う。
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