恋と友情のあいだで 〜里奈 Ver.〜 Vol.4

「年収1,000万の商社マンとは、住む世界が違う」。裕福な経営者妻の、僭越と嫉妬

結婚後の選択


嫌々と続けていた仕事にも関わらず、結婚後、いざいつでも会社を辞めてもいいという状況になると、私の頭にはいくつかの懸念が浮かんだ。

それなりに苦労して得た商社の総合職を、まるで一般職OLのように“寿退社”として手放すなんて、流石に勿体ないのではないか。仮に仕事を辞めた後、私は果たして専業主婦で満足できるのか。

夫の直哉は決して退職を強制するわけではなかったが、やはり私がなかなか仕事を辞めないことに疑問を感じているようだった。

「リナみたいな子が、わざわざ商社なんかでハードに働く必要ある?専業主婦が暇なら、何かもっと楽で好きな仕事を探せば?どうせ、もう金のために働くわけじゃないんだから」

そんな直哉の提案と漠然とした不安に揺れながら、私はしばらくの間、中途半端にダラダラと会社に通い続けていた。

しかし結局、私は自分でも驚くほど呆気なく会社を辞めることになる。

理由は、半年間のインド研修を打診されたからだ。

就職、結婚、そして退職。

人生で大きな決断をするときはいつでも、自分の意志は薄く、私は周囲の環境に流されてばかりだった。

深い溝


廉とは随分と疎遠になっていたが、会社を辞めると決めたときは、真っ先に彼に知らせた。

と言っても、以前のように気軽にスマホを鳴らすのではなく、何となく会社のメールアドレスに改まった文面を送ったのだけれど。


「じゃあ、壮行会しないとな」

彼は私の退社について特に深掘りするでもなく、ただシンプルにこう返信してきた。

きっとデートや食事会で忙しく、人妻となった腐れ縁の同級生になんて構う暇もなければ、興味もないのだろう。

だが、後日送付された“相沢の壮行会”という題名のメールには、多くの懐かしい同期の名前が羅列しており、場所も普段の飲み会よりずっとオシャレな銀座のレストランが記載されていた。

その丁寧なメールの内容を見て、私はデスクの前でつい吹き出してしまう。

廉は昔から妙にリーダー気質のある男だった。サークルでも会社でも、こうして何かの会の幹事をやらせると、神経質なくらいマメに細かく手配を整えるのだ。

そして私は、廉が自分のためにこんな会を計画してくれたことを素直に嬉しく思い、久しぶりに肩を並べて会話ができることも楽しみにしていた。

しかし、壮行会当日。

廉は1時間以上も遅れて会場にやってきたと思うと、今度は1時間もしないうちにその場を去ってしまった。

「やっぱ、さすが“相沢サン”だよな。まぁ、セレブ妻生活を存分に満喫してくれよな」

やたらと明るく他人行儀な廉の笑顔は、しばらくの間、私の瞼に残って離れなかった。

結局、壮行会で廉と交わしたのはこの一言だけだ。

最後には、“相沢、お疲れさま”というメッセージが書かれたデザートプレートが登場し、花束や色紙なんかも渡されたが、皆の期待に添えるような反応がきちんとできていたか、正直自信がない。

想像以上に深く開いた廉との距離を目の当たりにした私は、自分でも戸惑うほど胸を痛めていた。

この記事へのコメント

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No Name
研修に行くなら壮行会だけど、退職するなら送別会では⁈
2018/07/17 06:2099+返信5件
No Name
わざわざ新婚さんに海外研修打診するなんて、遠回しに退職しろって言ってるようなもんだよね。リナもリナで無意識に辞めたいオーラ発してたんじゃないかな。退職のきっかけをくれてありがとうなのか、そんな意地悪しなくてもいいじゃない、なのか…。
2018/07/17 07:2499+返信5件
No Name
直哉は浮気中?
2018/07/17 05:2699+返信8件
もっと見る ( 102 件 )

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