恋と友情のあいだで~廉 Ver.~ Vol.3

ハマると抜け出せない蟻地獄。プレイボーイの商社マンを本気にさせた、年上女の魔力

名前を呼んだ理由


「廉、これ届いてたよ」

ある日、珍しく早い時間に帰宅すると、美月が僕に一通の封筒を差し出した。

“一条廉 様”と仰々しく書かれた宛名を見ただけで、中身が何かも、差出人が誰かもピンときてしまう。

封も開けず黙ってカバンにしまい込む僕を見ていた彼女が、珍しく余計なことを言った。

「里奈さん、結婚するのね」

里奈さん、などと気安く口にする態度が、なぜか癪に触る。

「…なんだよ、里奈のことなんか知らないだろ」

冷たく言い放つと、僕は美月を無視して寝室へと着替えに向かった。

しかし彼女はしつこく後をくっついてきて、「知らないけど、知ってる」などと訳のわからないことを言う。

知っているわけがない。美月と里奈に接点などないし、僕は彼女に里奈の話をしたことなどなかった。

「意味わかんねー」と呆れ顔で振り返り、ハッとした。

僕を見上げる美月の瞳が、不安げに揺れていたからだ。

しばしの沈黙が、ふたりを包む。すると彼女は覚悟を決めたように口を開き、思いがけぬ事実を告げた。

「いつだったかな。もう随分前の話だけど…廉、すごい酔っ払って帰ってきた夜に寝ながら彼女の名前を呼んでたよ。

“リナ”って…小さい声で、一回だけだけど。彼女のことでしょう、相沢里奈さん」

美月の言葉に、思わず絶句した。

「嘘だよ。そんなこと、あるわけない」

自分に言い聞かせるように、僕は語気を強める。

里奈に、特別な感情などない。

彼女はただの友達なのだ。それ以上でも以下でもない。

そうだ。もし、もし実際に里奈の名を呼んでいたのだとしても、それはただ寝ぼけていただけ。そうに違いない。

「勘違いだよ」

黙って立ち尽くす美月に、僕はもう一度言った。

「…そっか。まあでも、里奈さんは結婚するんだもんね。その、二階堂直哉さんって人と。それならもう、どっちでもいいわね。忘れるね」

彼女は無理やりに作った笑顔でそう言うと、ようやく踵を返しリビングへと戻っていった。

僕はそんな彼女の背中を黙って見送る。姿が見えなくなると急に果てしない疲労感に襲われ、そのままベッドに倒れこんだ。

力なく、ぼんやりと天井を見上げる。

そこに里奈の顔が浮かびそうになって、僕は慌ててぎゅっと強く、目を瞑った。


▶NEXT:7月17日 火曜更新予定
直哉の妻となった里奈の新婚生活。そこに幸せはあるのか?

※本記事に掲載されている価格は、原則として消費税抜きの表示であり、記事配信時点でのものです。

この記事へのコメント

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No Name
美月さん
寝言で他の女の名前を言う男はやめた方がいい…
2018/07/11 05:2199+返信8件
No Name
読めば読むほどリナへの共感は高まり、廉への嫌悪感が募る物語。
2018/07/11 05:4199+返信13件
No Name
美月うまいな。
こういう男には、ヒステリックになって問いただすより、普段は平気そうにしてて時に涙を見せるほうがうまくいくよね。
2018/07/11 05:4299+返信6件
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