恋と友情のあいだで 〜里奈 Ver.〜 Vol.2

「俺の子ども産んでよ」。女が“寿退社”という甘い救済策に溺れるとき

甘い誘惑


「そもそも、里奈みたいな女にコテコテの日系企業の会社員なんて向いてないんだよ。商社なんて、イイ男もいないだろ」

『東麻布 天本』の牡丹海老の鮨を頬張りながら、直哉は当然のように言ってのける。

社会人生活が嫌になり、またしても学生時代のように夜の街に舞い戻った私が出会ったのが、7つ歳上の直哉だ。

予約の取れないことで有名なこの高級店のカウンター席は、毎日座っている会社のデスクよりずっと落ち着いた。

外から見ればギラギラと尖ったイメージがあるだろう港区は、私にとってはお堅いオフィスよりもホーム感のある温かい場所だ。


「まぁ、でもいい経験じゃん。里奈はよく頑張ったよ。別に無理に商社で仕事続ける必要もないんじゃないの」

就職して2年弱。私が“とにかく会社から逃げたい”と思うようになるまで、そう時間はかからなかった。

一番大きな引き金となったのは、例の馴れ馴れしい同じ部署の先輩にしつこく口説かれ始めたことだが、遅かれ早かれ、結果は同じだっただろう。

この直哉は私と同じ総合総社勤めを数年経て、今は家業の鉄鋼メーカーの役員に収まっている。数年後には父親から正式に会社を継ぐのだという。

「家でゆっくり好きなことしてさ、俺の子ども産んでよ」

女慣れしたスマートな身のこなしに、育ちの良さそうな柔らかいオーラ、そして、女をその気にさせる思わせぶりな笑顔。

多くの女たちがこの男に甘い夢と残酷な現実を見させられただろうことは、容易に想像がつく。

「私、子どもとかあんまり好きじゃないから」

本音で答えると、直哉はワザとらしく大きな溜息をつき、しかし嬉しそうにニヤリと微笑んだ。

この種の男の喰い物にされるのだけは御免だ。直哉のような男とは、付かず離れずのデートを楽しむのが一番お得だということは、嫌というほどよく知っている。

「でも、産んでよ。俺のために。仕事辞める口実にもなるじゃん。里奈にとっても悪くないと思うんだけどなぁ」

だが、直哉の言うことには一理ある。

一流企業に入社しておきながら、わずか2年足らずで転職を考えたところで、好条件の就職先が簡単に見つかるほど社会は甘くない。

それに、会社員という身分にはもう飽き飽きしていた。“石の上にも三年”なんて諺を信じられるほど、私は辛抱強くなかったのだ。

「そうだね...」

「なぁ里奈、俺、かなり本気なんだけど」

そうして直哉にじっと強く見つめられたとき、なぜだか「一緒に頑張ろうぜ」と何度も励まし合った廉の顔が頭に浮かんだ。

今となっては、同じ会社に属しながらも滅多に会うことはなく、耳障りな噂ばかりが届く同級生。

今や廉は、ただの“チャラい男”に成り下がっていた。

元々モテるタイプではあったのだろうが、そこに“商社マン”というブランド力が備わった廉は、まさに鬼に金棒、水を得た魚と言わんばかりに女を取っ替え引っ替えしているらしい。

そして、その相手が一般職のOLやCA、読者モデルや二流のグラビアアイドルだと聞くたび、私の胸には何とも言えない苛立ちが募った。

「里奈のこと、絶対幸せにするよ」

直哉は、なおも食い下がる。

結局、男なんて皆同じ生き物だろう。であれば、自分に楽な生活を保証してくれる男を選ぶのが正解だろうか。


...もしも私が、“寿退社”なんて安易な救済策に溺れたのを「廉のせいだ」と責めたとしたら、彼はどんな顔をしただろう。

それが、今でも少しだけ気になる。


▶NEXT:7月4日 水曜更新予定
恋と友情のあいだで 〜廉 Ver.〜:やはり商社マンはモテる。社会人となった廉に訪れた、バラ色のリーマン生活!?

※本記事に掲載されている価格は、原則として消費税抜きの表示であり、記事配信時点でのものです。

この記事へのコメント

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No Name
昔の東カレですね。さぁ、賢い女になるのかバカ女で終わるのか見ものですね。
2018/07/03 05:2790返信1件
No Name
うん、単なるお門違いの逆恨みです
2018/07/03 05:3681
元ヘッドハンター
若者よ
転職すればいいよ。まだまだいけるよ。変なプライド捨てて本当にやりたいことしなよー。結婚して会社辞めても人生長いよ。
2018/07/03 05:4280
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