恋と友情のあいだで 〜里奈 Ver.〜 Vol.2

「俺の子ども産んでよ」。女が“寿退社”という甘い救済策に溺れるとき

「割に合わない」社会人の現実


社会人になることにはそれなりに心踊らせていたのに、私はほんの数ヶ月でこの会社に嫌気がさした。

顔面偏差値がすこぶる低いクセに、歳が近いというだけで妙に馴れ馴れしい同じ部署の男の先輩や、やたらと身だしなみに厳しく口を出す30代の女。そして、コテコテの体育会系気質の上司にはどうしても好感が持てない。

もともと好きだったお酒は、会社の飲み会のお陰で苦手になった。

プライベートで一歩街に繰り出せば、オシャレに飲める友だちも男も環境もいくらでも整っているのに、中途半端なダイニングバーや居酒屋で周囲に気遣いながら飲む安酒は、これっぽっちも美味しくない。

だが、社内の飲み会ならまだマシだ。これに接待相手が加わると、まだ新人の私は、安いクラブのホステス以下の存在に成り下がった。

冴えない中年男に絶え間無く酒を注ぎ、微塵も心にないお世辞を口にし、「飲め」と言われたらいくらでも飲む。

挙句の果てに、帰り道のタクシー内でとうとう限界に達して吐いてしまったときには、次の日早朝から上司に呼び出され、長い説教を浴びせられた上に反省文まで書かされたこともある。

だが、これをパワハラだ何だと声を上げられる環境ではなかった。商社の人間は、そうして契約を決めていくことに喜びと生き甲斐を感じているからだ。

仕事自体は嫌いではなかったが、こうした生活に慣れ、会社の歯車の一部として飼い慣らされることに疑問を持たない人間になるのも怖かった。


それに、ブランド力のある商社とはいえ、新人の給与は、これほど大変な思いをして得るものとしては全く割に合わなかった。(少なくとも、私にとっては)

地元金沢で不動産業を営む親が学生の頃から乃木坂のマンションの一室を与えてくれてはいたものの、ストレス解消のために好きな洋服を買い、好きに外食をすれば、収支はもはや赤字に近くなる。

外の世界にはもっと自由に楽しく大金を稼ぐ人間がわんさかいて、しかも私は彼らに媚びられる立場ですらあるのに、仕事とプライベートにこれほど格差が生じるのは単純に不思議で仕方がない。

そして、私が何より気に食わなかったのは、私がこれほどストレスを感じている商社の仕事を、廉が満喫していることだった。

「最近どうよ?」

顔を会わせる度に満面の笑みでそう聞いてくる廉に、私は苛立ちを覚えてしまう。

どこに行ってもリーダー気質の廉は、同期の中では早速“出世頭”とか“エース”なんて煽てられ、満更でもなさそうに顔を赤くしていたし、上司にも可愛がられていた。

さらには、同期の幼い男たちと一端に“商社マン”というブランドをぶら下げて、食事会にも精を出しているらしい。

「一緒に頑張ろう」

何度もそう言って励まし合い、長い時間を過ごした廉。そんな彼を遠くに感じ、まるで裏切られたような気持ちを抱くようになったのは、単なる私のお門違いの逆恨みだったのだろうか。

この記事へのコメント

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No Name
昔の東カレですね。さぁ、賢い女になるのかバカ女で終わるのか見ものですね。
2018/07/03 05:2790返信1件
No Name
うん、単なるお門違いの逆恨みです
2018/07/03 05:3681
元ヘッドハンター
若者よ
転職すればいいよ。まだまだいけるよ。変なプライド捨てて本当にやりたいことしなよー。結婚して会社辞めても人生長いよ。
2018/07/03 05:4280
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