京都ちゃん Vol.1

京都ちゃん:生涯を保障された上流階級の暮らし。老舗呉服屋への嫁入りは、天国か地獄か

とある美女の噂


「凛子、式場はもう決まったん?」

四条烏丸の隠れ家フレンチ『ラ ファミーユ モリナガ』で、繊細で美しい料理に舌鼓を打つ。

凛子の目前に座るのは、幼稚園からの幼馴染・西園寺ゆりえ。

幼稚園から大学までをずっと一緒に過ごした、もはや家族同然の存在だ。

何の遠慮も詮索もないさっぱりとしたゆりえの口調に、凛子も気兼ねなく本音を漏らす。

「決まったゆうか…知らん間に決まってたわ」

半ば投げやりに言い放つと、ゆりえは「ああ」とだけ答える。

その言い方は息を吐くような自然さで、しかしそこには共感と諦めが滲んでいた。

「まあ、そうやろなぁ…うちと同じ。うちも、有無を言わさずオークラやったわ」

ぽってりとした唇を尖らせ、ため息交じりにそう言いながら、ゆりえは「オークラで挙げさせてもらえるのは、有難いことなんやけどね」と付け加える。

ゆりえは老舗料亭の娘で、昨年、とあるお寺へと嫁いだ。

そのことはつまり、今後お寺の各種行事で必要になる仕出し弁当は、すべてゆりえの実家が担当することを意味する。両家にとって意味のある婚姻、言ってみれば政略結婚のようなものである。

「私たちは幸せ…なんよね」

ゆりえの言葉を追いかけるようにして、凛子も続ける。

そうしてふたりは、暗黙の了解で話題を変えた。

式場もドレスも指輪も、何一つ自分で決めることができなくとも、ゆりえも凛子も、一生苦労しない人生が保障されている。

働かずして、こうして平日の真昼間に高級フレンチを楽しむことも、高島屋でいち早くシャネルの新作を購入することも、すべては生まれた家のおかげ。

広がる一方の格差社会において、良家に生まれ育つことほどの幸運がこの世にあるだろうか。

どれだけ窮屈であろうと、その恵まれた境遇を自ら捨てるなどという発想は、凛子にもゆりえにも、微塵もない。

京おんなの人生は、こういうもの。

私たちは、十分に幸せ。

そう言い聞かせて生きてきたのだ。今までも、これからも。


「そうや。そういえば凛子、桜子さんの話って聞いた?」

思い出したように、ゆりえがある女性の名を話題にした。

南條桜子。

桜子は、ノートルダムの1つ上の先輩で、凛子の前年に斎王代を務めている。

すらりと背が高く、気高さと華を兼ね備えた美貌の持ち主で、学校一の美女と名高かった女性だ。

彼女の実家は、老舗と呼ぶにはまだ年が浅いものの成功を収めている呉服店で、桜子の兄が現在3代目を務めている。

「桜子さんの話…?確か、京都でも有数の地主のお家に嫁ぐんやなかった?」

凛子が風の噂で聞いた話を答えると、ゆりえは曖昧に頷く。

が、やはり我慢できないと思ったのか、左右に首を振って人の気配がないことを確認する。

「そう…なんやけど。これ、ここだけの秘密やよ」

そう前置きをすると、ゆりえは声を潜めて凛子に囁いた。

「桜子さん、婚約破棄するかもしれんらしい」

「えっ…!?」

婚約破棄。

その言葉は、凛子の心に衝撃をもたらすとともに、どういうわけか微かな光をも運んだのだった。


▶NEXT:3月11日 日曜更新予定
憧れの先輩、南條桜子。婚約破棄の噂は、本当なのか?

※本記事に掲載されている価格は、原則として消費税抜きの表示であり、記事配信時点でのものです。

この記事へのコメント

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No Name
東京の中心で、地元愛を叫ぶに、いつになったら京都人が出てくるか、と待っていたら、ここで出ましたか。
好いても惚れぬと言われる京都人は屈指の嫌われっぷりですから、コメント欄の炎上が楽しみです^_^
2018/03/04 05:4298返信21件
No Name
こんな口やかましい姑がいるんだから、間違えなく地獄でしょう。
きっと同居だろうし、旦那は義母の言いなりだろうし。
これから、嫁姑のバトルが始まるね。
2018/03/04 06:4987返信7件
老眼
「生涯を保障」が「生活保護」に一瞬見えてしまった。東カレであるわけないよな。メガネかえよう。
2018/03/04 07:2267返信3件
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