LESS~プラトニックな恋人~ Vol.8

LESS〜プラトニックな恋人〜:“正しい愛”なんてない。身体の繋がりが、心を凌駕した夜

弱さも狡さも、許してくれる人


瀬尾さんから漂う、ブラックカルダモンの香り。

…健太とは違う男の人の香り。

理性を主張する脳細胞が、次第に麻痺していく。されるがままに身を任せていると、急に我に返ったのか、瀬尾さんが慌てた様子でふいに私から離れた。

「ごめん、急に…いや、でも嬉しくて。こんなに早く家を出てくれるとは思わなかったから」

身体が離れ、私と瀬尾さんの間にすーっと冷たい風が通り抜ける。しかし彼がとてもわかりやすく嬉しそうな表情を見せるので、私の心までが冷えることはなかった。

瀬尾さんは自分を落ち着かせるかのように声を低くすると「投資用に所有している銀座のマンションが来週には使えるようになるから」と早口で私に告げた。

「ありがとうございます、本当に…何から何まで」

恐縮して頭を下げようとする私を制し、彼は頭を振る。

「美和子さん、僕は頼ってもらえて嬉しいんです。だから、何も遠慮することはないんだ」

その言葉は、素直に有り難かった。

彼がそう言ってくれたことで、私の狡さや弱さが、すべて帳消しになったような気がして。

「じゃあ、行きましょう」

私の横に置かれたロンシャンのバッグを、彼は当たり前のように持ち上げ歩き出す。

そうして部屋へと向かう瀬尾さんの背中を、私は黙って追いかけた。


パタン。

静まり返った部屋に扉が閉まる音が響いて、私は咄嗟に身を固くした。ここに来たのは自らの意思であるのにも関わらず、まるで瀬尾さんに無理やり連れてこられたかのように。

彼の強引さを言い訳にする、自分で自分の都合の良さに呆れるが、瀬尾さんにはそれを許してくれる包容力があって、私はこの時、間違いなくそんな彼に救われていた。

部屋の奥へと足を進める瀬尾さんは、バッグをベッド脇に配されたソファの上に置き、ここでいいかな、と呟きながら私を振り返る。

「あ、はい…どこでも」

近づくことも遠ざかることもできず、ただ突っ立っている私を認めて、彼は私の頭の中を見透かしたように小さく笑った。

「大丈夫、今日は帰るよ」

そう言われて、私は確かに安堵したはずだった。しかし同時に、心の隅っこが落胆した気配にも気づく。

「ありがとうございます、本当に…。瀬尾さんがいてくれて、私…」

その声に、私の本音が滲んでしまったのだろうか。

私がすべてを言い終えない間に、彼は部屋を出ようとしていた足をおもむろに翻した。

「…やっぱり、ここにいてもいいかな。美和子さんには気持ちの整理が必要だってわかってるけど、離れたくない」

ぐっと力強く引き寄せられ、密着した彼の身体から伝わる熱、そして吐息。

…こんな風に、男の人に強く求めれられたのは何年ぶりだろうか。

瞬間的に火照る身体を、私は止めることができなかった。それはまるで、燻っていた火種に酸素が注がれたように。

「私も…私も瀬尾さんに、そばにいて欲しい」

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