SPECIAL TALK Vol.36

~こんなに面白い時代に生きているのだから、新しいチャレンジはやめられない~

演劇の楽しさにふれ、メイクの世界を志す

金丸:東京にはいつ戻って来られたんですか?

小林:20歳のときです。

金丸:じゃあ中学、高校も山形で過ごされたんですね。

小林:高校を卒業したあと小学校の給仕として働いていました。そのうち、養母が亡くなり菩提寺に納骨するために上京したとき、演劇の勉強がしたいなと思い立って、戻ってくることにしました。

金丸:美容ではなく演劇!? それはまたどうしてですか?

小林:山形では私、〝学芸会の花形〞って呼ばれていたんです。東京弁がしゃべれるから、学芸会でぱっと輝くんですよ。それに、私の名字が「花形」でしたから(笑)。

金丸:なるほど(笑)。

小林:演劇が楽しくて、17歳のときには地元で演劇サークルを作ったんです。農家の息子や大工の息子が集まるなか、私は一番年下だったけどリーダーをやりました。演劇を通じてメイクの面白さに目覚め、主役として舞台に上がるよりも、ほかの人を舞台で輝かせるほうが自分は好きなんだなということもわかりました。だから、メイクアップアーティストになりたいと思ったんです。

金丸:夢を実現するために、東京に戻られたんですね。

小林:すぐ東京の美容学校に入学しました。ただし、夜間部です。お金がなかったので、昼は働いていました。

金丸:卒業後は、いよいよ美容の世界に?

小林:いや、正直に言うと迷いました。卒業して美容師になるには、まずインターンとして入るんですが、いわゆる丁稚奉公なのでまともにお金がもらえないんです。これだと食べていけないし、演劇の世界なんてとても行けない。何かないかなと探しているとき、新聞にちっちゃく掲載されていた、コーセーの美容指導員募集の広告を見つけて、これだと思いました。

金丸:それでコーセーに入社されたんですね。

小林:ええ。当時はものすごく就職難の時代ですから、まだ無名だったとはいえ、コーセーに入れてもらえたことに、すごく恩を感じています。振り返ってみると、与えられる仕事に、自分の夢を乗っけて仕事をしていたなあと思いますね。

金丸:夢を乗っける、ですか?

小林:そう。メイクアップアーティストになりたいという夢と、化粧品会社で働くことは、割と一致している部分が多くて。

金丸:美容指導員というのは、どんな仕事なんですか?

小林:お客様に美容の啓蒙や指導をして、販路を拡大することが使命です。だけど、私はメイクアップアーティストになりたいから「顔を貸してください」と言って、実際にメイクをさせてもらっていました。すると美しくなった自分の顔を見て、お客様が喜んで化粧品を買ってくださいました。当時担当していた山口県へ東京の本社から2年間も毎月通っていたんですが、私がメイクした方がミス山口の大会に出たり、議員に当選したりして。口コミでどんどんお客様が増えていくのが、嬉しかったですね。

【SPECIAL TALK】の記事一覧

もどる
すすむ

おすすめ記事

もどる
すすむ

東京カレンダーショッピング

もどる
すすむ

ロングヒット記事

もどる
すすむ
Appstore logo Googleplay logo