サラリーマン会計士・隆一の迷い Vol.1

「石の上にも3年」は、社会人として“死”の始まり。27歳で取り残された男の行く末は果たして…!?



「公認会計士さんって、何の仕事するんですか?」

目の前に座る、くっきりと濃いピンク色の口紅を隙なく塗った女が、僕に質問してきた。

今日は同期の健に誘われた、『マディソン ニューヨークキッチン』での食事会だった。


会社の決算時期に突入すると徹夜になることも多いが、今は繁忙期明けで時間がある。仕事終わりに、女性たちとこうして食事する時間だって確保できる。こうした息抜きがあるからこそ、繁忙期を何とか乗り越えられるのだ。

だから何度聞かれたか分からないこんな質問にも、にこやかに答えた。

「企業の決算に不正がないか、チェックする仕事だよ」

しかし目の前にいる女性は、全く分かっていないようだった。テレビドラマなどで馴染みがある弁護士と違って、会計士の仕事は理解されづらい。すると、隣にいる健がすかさずフォローを入れる。

「隆一は、堅いなぁ。公認会計士ってね、クライアントから先生、先生って言われる仕事なんだよ」

健の答えに、女性たちはようやく反応できる言葉が見つかったとばかりに、「すごーい!」と頷く。

健は一番仲の良い同期で、日大出身の元ラガーマン。丸っこい体型と軽快なトークで、誰からも愛されるキャラクターだ。

逆に僕は身長180センチ、健曰く“今流行りの塩顔”で、「食事会に隆一を連れて行くと見栄えが良い」らしい。

「ごめんね、分かりづらくて」

質問してきた女性に、僕はにこやかに微笑みかける。すると彼女は「こちらこそ、すみません」と自分の無知を恥じるように答えた。

彼女は派手な外見の割に、あまり男性には慣れていなそうだ。興味を持った僕は、彼女の隣に座った。健は、他の女性たちときゃっきゃっとはしゃいでいる。

今日も、いつも通り楽しい夜だ。

23歳のときのような野心は徐々になくなっていたが、今の生活は決して悪くない。最大手監査法人勤務の肩書きはどこに行っても通用するし、給料だって平均水準以上。

健も僕も、この生活に満足していたはずだった。

だからこそ、この食事会が終わって1週間後に来たメールに、僕はひどく動揺した。



その日の朝、いつも通りメールのチェックをしていると、定期的に配信される人事情報が届いていた。

数千人規模の会社なので、知らない人の名前が羅列されているばかりだ。だからその日も、いつも通り惰性でメールを開けた。

しかしそこには、信じられない名前があった。


「9月30日退職 磯野 健」


つい1週間前に一緒に食事会に繰り出していた健が、何の前触れもなく退職を決めていたのだ。僕は目を、疑った。

この記事へのコメント

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No Name
彼女のある身分で悪びれもなく合コン行ってるのを当たり前と思ってる節あるよね東カレ
2017/10/02 07:0351返信2件
No Name
東カレの小説、婚活とか主婦の話ばかりだったからこういうのも新鮮ですね。
しかし食事会の女子、公認会計士知らないとか頭悪すぎるなあ、、
2017/10/02 06:2243返信1件
No Name
会計士って、AIあれば要らないですよね。
本人達は要るって言いますが。

会計士が安泰だと思って結婚した人は、20年後果たして。。
2017/10/02 07:0028返信2件
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